生誕100年 コロナ禍で揺れる現代社会を射る「梅棹忠夫の目」

 東西の両端が第一地域で、広大な中央部が第二地域。日本と西欧を含む第一地域では封建体制を経て資本主義が発達したが、中国やロシアなどの第二地域では乾燥地帯の遊牧民らによる征服が繰り返され、段階的な発展がなかった-と論じた。西欧と日本の「並行進化説」は話題を集めた。

 「棲み分け理論」で知られる今西錦司(きんじ)(1902~92年)らのもとで動物生態学を学んだ梅棹は1944~45年、いまの中国内モンゴル自治区で遊牧民の調査を行った。「生態史観」は、動物の生態を解明する科学の手法を人間社会の理解に応用したものだ。

 松原氏は「従来の学問の枠に入らない極めて斬新なものだった」と述べ、梅棹の学問的姿勢をこう語る。

 「東洋や西洋といった枠組みから離れ、遊牧民が歴史変動の原動力になっていると見抜いた。多くの研究者は自分の学問の狭い範囲に閉じ籠もってしまい、領域を超えることは誰にでもできるものではない」

 「生態史観」は未来も見通していた。第二地域について、こんな記述がある。

 〈内部が充実してきた場合(略)共同体がそれぞれ自己拡張運動をおこさないとは、だれがいえるだろうか〉

 中国の南シナ海での領有権主張活動や、ロシアによるウクライナ南部クリミア半島併合を予言したかのようだ。

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