古典個展

お上ぶら下がりでいいのか 大阪大名誉教授・加地伸行

不要不急の外出を控えよ、とのお達しが出て1カ月以上になる。GWも過ぎた。律義に守る老生、家にずっと籠(こも)る日々。

それに比例して、毎日毎夜テレビや新聞、雑誌等(とう)の論説・意見・感想を数多く見聞し、そこに共通性3点を感じた。

まず第1点は、不平不満、文句たらたら、その攻撃の標的はただ一つ安倍晋三政権である。

人間、不平不満感があるときは、必ず他人も同感する攻撃対象を作って解消しようとする。その典型である。

第2点。では、その不満の解消方法を示しているのかと言えば、ただひとつだけ。すなわち、とにかくほしいのは、援助、支援、予算。つまりは<ゼニカネ>なのである。

しかし、常識的に言えば、必要なときは自己の蓄えを使うというものではなかろうか。もちろん、贅沢(ぜいたく)や浪費の生活とは無縁な生活をしてきて、だ。

ところが、マスコミが情けない。いわば遊興的職業の客が減ったと大騒ぎしている。

そういう問題点は問わず、ひたすら政府の援助をと、がなりたてている毎日。恥などない。

これは、日本人の心底にある<お上(かみ)へのぶら下がり>根性に他ならない。日頃主張の<自立・個人主義>はどこへ消えていってしまったのか。

お上はお上で、援助金を出そうと決めている。なんと約26兆円もの補正予算。どこにそのような大金の余裕があるのか。

第3点。その補正予算の財源として、堂々と「赤字国債」とあった。

老生のような昔人間、気の小さい元公務員、悪は許さぬとする元教員としては、「赤字」と明記した上で、つまり収入は借金でということで予算を組むなどという度胸はない。

しかし、マスコミは赤字国債を非難しない。ただ、赤字が増え大変なことだと他人事(ひとごと)のようにつぶやくだけだ。

それでいいのか。ここはそれこそ衆知を結集して、日本の将来に禍根を残さぬための建設的な提案をすべきである。マスコミ諸発言者は、感情的否定に終わってはならない。

男女平等の今の時代、言いにくいことではあるが、あえて言おう、「男児たる者、公(おおやけ)に発言するときは、建設的で独創的意見を述べよ」と。

そこで老生は、本欄4月5日付に、コロナ禍に対してこれから政府が準備せねばならない兆単位の予算の独創的作り方を献策したのである。

もちろんその案は赤字予算ではない。だからコロナ問題後は、今の赤字国債を解消できる最強の安全な方法となる。

老生のその新提案に対し、おそらく首相周辺の人士は、あれこれと小理屈をこねて反対することであろう、何を素人がと。

しかし、危機に際して、大功を建てようと思えば、周辺の小理屈雑音に耳を貸す必要ない。多少は強引かもしれないが衆愚会議に頼らず、思い切った力強い決断を首相がなされることを心から進言申し上げる。

『戦国策』趙策(ちょうさく)上に曰(いわ)く、大功を成す者は、衆に謀(はか)らず、と。(かじ のぶゆき)