【書評】『サガレン 樺太/サハリン 境界を旅する』梯久美子著 - 産経ニュース

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書評

『サガレン 樺太/サハリン 境界を旅する』梯久美子著

 ■新たな賢治論擁する紀行

 不思議な紀行エッセーである。読み始めるまではサハリンの旅を旅行者向きに書いたものだと思っていた。しかし全く違う。少し大げさな言い方かもしれないが、私はマルセル・プルーストの「失われた時を求めて」を思い浮かべながら読んだ。

 著者は北海道出身で、サハリンは身近な存在だった。一度は訪れたいと思っていたが、念願かない、出版社の企画でサハリン鉄道の旅が実現。著者は季節を分け、サハリンを3度訪ねるのだが、当初は、ちょっとおとぼけな編集者と鉄道マニアの著者との弥次喜多的な愉快で好奇心あふれる旅になるはずだった。

 ところが、サハリンはそれを許してくれなかった。かつて樺太と呼ばれ、大日本帝国のつわものどもの夢が花開いたこともある複雑、かつ悲劇的な歴史を刻んだ地である。まるで地の霊が憑依したかのように、著者は過去と現在を行き来しながら旅を続ける。旅の同行者は、林芙美子、宮沢賢治、チェーホフなど、この地を旅した作家に変わっていく。いつしか著者は彼らと一体化し、彼らがこの地に魅せられた思いに沈潜していく。そしてこの地が自身の魂を浄化する力があるのを実感する。

 著者は「移動のベクトルは、水平(地理的な移動)だけではなく、垂直(時間的な移動)もある。心の中で過去と現在を往還しつつ、身体はここから別のどこかへと運ばれていく」と宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の魅力について語るが、これは本書の魅力そのものだ。私が本書からプルースト的印象を受けた理由もここにある。

 本書には、著者の魂の同行者となった作家たちの作品が、この地の景色や空気とともに重層的に織り込まれている。特に宮沢賢治が亡き妹トシの魂を探して旅する姿を丁寧に追っているのは、新たな宮沢賢治論と評価されるべきだろう。賢治の作品から私たちが受ける透明感が、この地に由来していると発見したのは著者の功績だ。

 本書のタイトルが「サハリン」ではなく、賢治が詩の中でこの地を詠んだ「サガレン」であるのを納得する。もちろん、本書は旅案内としても十分な情報が盛り込まれており、いつかサハリン旅行を考えている人にも有用であることを付言する。(KADOKAWA・1700円+税)

 評・江上剛(作家)