精密機械工業、銀行、製薬、チーズ、鉄道、ハイジ……。スイスと聞いて真っ先に想起するイメージは、人それぞれだろう。そんなスイスが、近年「世界一」の座を維持し続けているのが人材競争力だ。その根幹を成すスイスの2つの大学が進める産学連携の一端を紹介する。
TEXT & PHOTOGRAPHS BY TOMONARI COTANI
テレビは忘却を生むが、映画は記憶を生む
4月7日、ロックダウン下にあるスイス・ローザンヌから発信された「とあるインスタライブ」が、世界中で密かに話題を呼んだ。滅多にメディアに登場することがない御年89歳となる巨匠ジャン=リュック・ゴダールが、「コロナウイルス時代の映像(Les images au temps du coronavirus)」と題したインタヴューに応じたのである。
1時間半に及ぶ自宅でのインタヴュー(ちなみに、ゴダールがスイスに拠点を構えてかれこれ40年以上になる)において御大は、大学で映画を教えることの意義、オペラをモチーフにした新作映画のこと、言語という不備なるものへの執着、そして、ジャック・リベット、フランソワ・トリュフォー、エリック・ロメールといったヌーベルバーグの盟友たちへの思いを、シガーをくゆらせながら淡々と語った(「テレビは忘却を生むが、映画は記憶を生む/La television fabrique de l’oubli%2C alors que le cinema fabrique des souvenirs.」なる名パンチラインを残すことも忘れなかった)。
この動画を発信したのは、ECAL(ローザンヌ州立美術学校)。近年は、ミラノデザインウィークを始めとするデザインコンベンションの常連としても知られる、ヨーロッパ屈指のデザインスクールである。「生きる伝説」をスマートフォンの前に座らせ、1時間半もしゃべらせたことで、その影響力の大きさを改めて示したといえるだろう。
アインシュタインもスイスで学んだ
そもそもスイスは、デザインに限らず、国を挙げて高等教育--とりわけ科学技術の教育に力を注いでいる。国土が狭く(九州よりやや大きい程度)、天然資源が限られ(天然資源収入依存度は204カ国中174位/2017年)、人口も少ない(大阪府より少ない857万人)がゆえに、「人材力こそが国の根幹」と考えているからだ。その源となる機関のひとつが、アルベルト・アインシュタインの母校でもあるETH(スイス連邦工科大学チューリッヒ校)だ。
アインシュタインがETHに在籍したのは1895~96年。その後1912年に教授として帰還。その際に使用していたロッカーがETH構内に保存されている。