100年の森 明治神宮物語

記憶(2)都心で湧き続ける「清正井」

明治神宮御苑にある清正井 =東京都渋谷区(飯田英男撮影)
明治神宮御苑にある清正井 =東京都渋谷区(飯田英男撮影)

 丸い井戸のふちから、透明な水が絶え間なくあふれ出している。

 井戸の中にみえる小石は、手を伸ばせば届きそうだ。しかし、「意外と深いんですよ」と、この井戸をよく知る沖沢幸二さん(74)が教えてくれた。

 「膝ぐらいまでだと思っていたら、腰ぐらいまであるんです。光の屈折で浅く見えているんですね」

 東京都渋谷区の明治神宮御苑にある「清正井(きよまさのいど)」。戦国時代から江戸時代初期に活躍した武将、加藤清正が掘ったと伝えられる井戸だ。沖沢さんは明治神宮の林苑主幹を平成13年から23年まで務めた。

 都の調査によると、湧き出る水は毎分約60リットルで、水温は四季を通じて15度前後に保たれている。かつては飲用にも使われていたが、8年に病原性大腸菌O157による食中毒が広がったために禁止されている。

 「井戸は覆いもなく、鳥が来て水を飲むこともあるし、安全を考えて飲用禁止の札を出したと聞いています」と沖沢さん。「でも現場の先輩には、『あの水で沸かしたお茶でなければおいしくない』と懐かしむ人もいましたね」と笑う。

 ◆「土木の神様」伝承

 大正9年の神宮造営当時に撮影された写真でも、清正井の姿は現在とほぼ変わらない。神宮造営局技手を務めた上原敬二は、御苑の池について「清正井戸の湧水によって相当の水量が供給された」と記している(「人のつくった森」原文ママ)。

 清正は築城の神様、土木の神様とも称された。明治神宮によると、井戸の場所には江戸時代、加藤家の下屋敷があり、清正の子の忠広が住んでいたことは間違いないという。特殊な技巧を要する横井戸だったことから、「そのような井戸をつくれるのは清正しかいない」という伝説が生まれたと推測している。

 この井戸に、長蛇の列ができるほど人気が高まった時期がある。21年ごろ、テレビでここが「パワースポット」などとして紹介されたためだ。写真を携帯電話の待ち受け画面などに使おうと、人々が御苑の入り口から何時間も並んだ。