劇場型半島

感染者「ゼロ」を装う北朝鮮流マル秘防疫術

北朝鮮は、新型コロナウイルスの「感染者はいない」と主張しているのに、民族最大の祝祭を自粛するほど防疫に神経をとがらせてきた。脱北者団体が入手した感染に関するリストでその謎が解けた。「疑い患者」の形で多数の実質的な感染者や死者をひそかに集計し、事態の深刻さを把握してきたのだ。また、感染に関し、住民に向けた通達文からは、住民らだけに負担を強いる北朝鮮流防疫の実態も浮かび上がった。

(ソウル 桜井紀雄)

正恩氏滞在地も感染?

「党と国家の賢明な措置で依然、わが国にウイルス伝染病は侵襲し得ずにいるが、世界的な伝播(でんぱ)状況は緊張感をいささかも緩めてはならないことを示している」。北朝鮮の朝鮮中央放送は4月30日のニュースで、新型コロナの世界的な流行に絡んでこう強調した。

朝鮮労働党機関紙、労働新聞もこれに先立ち、「全人類を脅かす悪性ウイルス伝染病がわが国に幸いにも入っていないのは、人民を最も貴重に思う党の賢明な指導がもたらした当然の結実だ」と主張した。

北朝鮮は内外へのメンツにかけていまさら「実は感染者が多数いた」とは認めがたい状況に自らを追い込んでいるようだ。

脱北した朝鮮人民軍出身者らでつくる韓国の脱北者組織「北朝鮮人民解放戦線」によると、感染者に関する北朝鮮の内部リストの内容を伝えてきた協力者は「感染者がゼロというのはその通りだ」と説明したという。全て「疑い患者」として集計しているため、嘘ではないとの言い訳が成り立つ。ただ、この数字は指導部にも報告されているといい、実質的に「感染者」として扱われていることは容易に想像できる。

4月10日付でまとめられた数字を見ていくと、北東部の咸鏡北道(ハムギョンプクト)で感染疑いによる隔離者は1万3750人、死者は41人▽経済特区の羅先(ラソン)で隔離6355人、死者20人▽中朝国境の都市、新義州(シニジュ)で隔離2426人、死者51人-と中国と近い地域で多くの「疑い患者」が発生していることが分かる。

地方との往来を厳しく統制している首都の平壌でも125人の隔離者や5人の死者が出たと報告され、南西部の交通の要衝として知られる沙里院(サリウォン)でも隔離2159人と死者12人が記されている。

他の都市から離れ、金正恩(キム・ジョンウン)党委員長が動静が途絶えていた間に滞在していた可能性が指摘された東部の元山(ウォンサン)でも1009人の隔離と死者5人が報告されており、感染は全土に及んでいる実態が見て取れる。

鼻水だけでも保健所へ

リストには、日本の都道府県に当たる道と、市や郡の統計が別々に記載され、一部で重複する可能性はあるが、数字を単純に足すと、隔離者は4万8528人、死者は267人に上る。

北朝鮮保健省は、世界保健機関(WHO)に対し、4月2日時点で709人に新型コロナの検査を実施したが、感染者はいなかったと報告していた。

先に挙げた疑い患者や、北朝鮮が「医学的監視対象者」として公式に発表していた感染疑い者と比較しても検査数が明らかに少ない。検査能力がないというより、陽性患者が出るのを故意に避けているとしか考えにくい。