京都・旧相国寺境内から謎の大型建物跡 戦国期に焼失か

京都・旧相国寺境内から謎の大型建物跡 戦国期に焼失か
京都・旧相国寺境内から謎の大型建物跡 戦国期に焼失か
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 京都五山のひとつで足利義満が創建した相国寺の境内があった京都市上京区の土地から、16世紀中ごろの大型の建物跡が出土したと、民間調査会社「文化財サービス」(京都市伏見区)が30日、発表した。これまでの記録などでは未確認の建物跡で、周囲から焼けた遺物や遺構が出ていることなどから、完成直後に火災で焼失した可能性が高いという。

 同社は不動産開発に伴い相国寺北隣の約1800平方メートルを調査。その結果、礎石を伴う東西3間(約12メートル)、南北4間(16メートル)以上の建物跡が出土した。当時の相国寺の主要な堂や塔のひとつとみられるが、完成直後の焼失が原因か、当時の絵図や記録がなく、塔頭(たっちゅう)との関連性や建物名ともに不明。堂の北側からは建物の区画溝とみられる幅1メートル、深さ0・5メートルの東西溝が出土した。

 また建物が建つ以前の16世紀前半に土地を区画していたとみられる大規模な2種類の堀が出土しており、同社は「この時期は戦国期にあたり、戦いなどで存続と廃絶を繰り返していた様子をうかがわせる史料になる」としている。

 相国寺は応仁の乱や大火などで数回焼失している。今回出土した大型建物跡は、天文20(1551)年に細川晴元と三好長慶の間で起きた相国寺合戦で焼失した建物の跡である可能性があるという。

 現地説明会は予定されていない。

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