その一方で、市場は新興国に広がっている。「拡大する市場で、すべての地域に薬を届ける必要がある。革新的な薬を開発するためにかけた投資を回収するためにも、グローバル化は必要なプロセス」とウェバー社長は強調する。
前社長の長谷川閑史(やすちか)氏も将来の収益の柱を確保するために、海外製薬会社の買収を進めていた。武田は2000年代から1980年代から90年代にかけて糖尿病薬「アクトス」などが世界で承認され利益をあげていたが、特許切れが迫っていた。買収企業が持つ新薬候補で特許切れを補い、そのあと自社で創った新薬を売り出すもくろみだった。
しかし、苦戦は続く。同社が自前で研究開発を進めてきた新薬候補が安全性の問題などから次々と開発中止になってしまったのだ。ますます新薬候補が枯渇する中で、26年、会社のかじ取りを任されたのがウェバー社長だ。買収や、新薬候補を他社から導入する戦略を加速させた。
老舗の矜持が統合を救った
「ミレニアムを買収した後、研究所を武田の十三研究所に統合しようという話もあったんですが、反対しました。武田からしばらく自前の薬が出ていないのに、そこに入れてもしようがない」
こう明かすのは武田で創薬第三研究所長や知的財産部長を歴任した秋元浩知的財産戦略ネットワーク社長だ。「買収は結局、箱や人数を買うんじゃなくて、人材を手に入れることです」。ミレニアムの本社があった米国のボストンは大学をはじめとする研究機関、大手からベンチャーまで製薬企業の研究所が集まる、世界の製薬産業の最先端地域。ここで多くの共同研究が行われ、新薬が生まれている。武田はボストンに足掛かりを得ただけでなく、旧ミレニアムの人材や人脈を生かすことができた。「武田家の人がね、昔から人を大事にするんです」。ここでは老舗の経験が生かされた。
昨年のシャイアー買収でも統合は最も大きな課題だったが、武田は15年間の買収の積み重ねの中で培った統合のノウハウも活用した。「武田の一員になることを気に入ってもらったと思っている」とウェバー社長は自信を見せる。
そしてニューヨーク証券取引所上場のハレの日に乾杯の挨拶を岩崎取締役に頼んだ理由をこう明かした。
「真人は長く小さなチームを率いて武田をここまで大きくグローバル化した。真人がふさわしい」
社外取締役 坂根正弘氏
「最初は極めて消極的だった」
武田薬品工業の社外取締役で、平成29年6月から取締役会議長を務める坂根正弘・コマツ顧問は、シャイアー買収案件が取締役会で議論され始めたころの心境をこう振り返る。
監査等委員会を除いた取締役8人中、半分を占める日本人社外取締役たちも多くがその桁外れの買収額に驚き、「本気なのか」と漏らした。
「戦略分野に合ってない」。シャイアーが得意とする領域は希少疾患と血漿分画製剤で、武田がここ数年かけて絞り込んだ重点4領域とは大半が重なり合わないことも疑問だった。
しかし、議論を重ねていくうち「希少疾患のように治療法の確立していない分野で挑戦することは医薬品企業の本来の使命であり、武田の再出発にいい組み合わせだ」と考えるようになる。
そして何よりシャイアーは圧倒的に米国市場中心の企業。「研究開発の中核機能を米国に移したものの事業基盤の弱さが大きな課題であった武田だが、買収後は倍増した売り上げの約半分が米国となり、一気に世界のメガファーマ(巨大製薬企業)と戦う基盤ができる」と賛成に転じていった。自社と同規模企業の巨額買収には財務リスクは膨らむが、この点を取締役会で徹底的に詰めた後は、武田の目利きたちが信じた投資に確実性を感じるようになっていた。
そして、買収完了から1年を経過した今、その確信は深まりつつあるという。