■未来を創る〈2〉
武田薬品工業が現在、他企業と協力して開発を急いでいる新型コロナウイルスの治療薬は、昨年1月に買収したアイルランド製薬大手、シャイアーの技術や知見を活用している。買収額6兆2千億円、社内外を驚かせた国内過去最大規模の買収。武田はトップダウン型の経営ではなく、経営陣が対話を重ねることで重大な決断を導き出した。
3人反対ならやめる覚悟
「この中から、3人でも反対意見が出たら買収はやめよう」
武田がシャイアーの買収を経営会議で検討し始めたのは平成29年9月。早朝、東京の本社でクリストフ・ウェバー社長は、夜中のヨーロッパや昼下がりの米国など世界の拠点とつながれたいくつものテレビ画面を交互に眺めていた。
画面の向こう側には同社の経営を担う「タケダ・エグゼクティブチーム(TET)」のメンバーがいる。当時は14人で構成されており、世界各地で働く彼らとテレビ会議を使い、通常は月1回のペースのミーティングの回数を大幅に増やして議論を重ねた。
買収額は当時の武田の時価総額を超えていた。資金調達はどうするのか。今後の生産拠点はどうするのか。企業文化の統合も簡単ではない。ただし、シャイアーの強みである希少疾患や血漿(けっしょう)分画製剤は武田の生産性を高めるには魅力的で、さらにシャイアーの米国事業の大きさはグローバル化に欠かせない。リスクとメリットを見極める作業を繰り返した。
「トップダウンの経営は私のスタイルではありません。重要な意思決定は必ずTETのメンバー一人一人の意見を聞きます。私だけの知識ではできない決断ができる。ミーティングを経て私の考えが変わることもあります」
ウェバー社長は経営会議の在り方についてこう語る。
会議運営のルールは互いに尊敬しあうこと
買収の案件は取締役会にも諮られた。極秘に進めるため、コードネームが使われた。「Yamazaki(やまざき)」と「Hibiki(ひびき)」。ウイスキー発祥の地アイルランドにちなみ、日本のウイスキーの名前を借りた。
日本を代表する経営者たちが社外取締役に肩を並べる取締役会では当初、財政面での不安を意見する声もあがった。しかし、最終的には彼らも議論を重ねてきたTETの「目利き力」にかけたという。