文芸時評

5月号 「コロナ世代」への責任 早稲田大学教授・石原千秋

地域差はあるものの、まさか「治療薬ができたから罹(かか)っても大丈夫、授業を再開しましょう」とは言えない。安全なワクチンが開発されて普及するまではリアル授業は再開できないだろう。だとすれば、それまで2年間。多くの学校でオンデマンド授業などの試行錯誤が始まっているが、特に小中高では生徒のネット環境が必ずしも整ってはいない。文科省は以前全員にタブレットをという政策を打ち出したが、いまそれをやらなくていつやるのか。たしか、導入には3千億円といわれていた。アルバイトができない大学生は困窮している。図書館が利用できないので、授業に支障が生じている。リアル授業が再開できないのに、今年の教育実習はどうなるのだろう。これらは、それぞれの学校や自治体で解決できる問題ではない。文科省は小中高、そして大学に対して、2年先まで見越して有効な支援策とロードマップを策定すべきだ。コロナ世代(!)を、学校生活に欠落のある世代にすべきではない。少し早く近未来を体験した世代にする責任が文科省にはある。それをやらないのは、またオリンピックのためなのだろうか。これだけさまざまな政策を歪(ゆが)めつつある以上、もう返上した方がいい。

それにしても-近未来は閉じこもる時代なのだろうか。近代の扉を開いた鉄道が、現代の扉を開いた飛行機がいまや過去のものになりつつある。国境や県境という過去の境界線がこれほど強固に作用する時代が来るとは思ってもみなかった。

文学界新人賞は三木三奈「アキちゃん」。問題提起的な作品であることはまちがいない。「わたしはアキちゃんが嫌いだった」で始まる。実は、アキちゃんはアキヒロ、つまり「男」。トランスジェンダーであることが、最後に明かされる。ミッカー(語り手)はアキちゃんに女として好きになってほしいのだが叶(かな)わない。それで「嫌い」なのだろう。このテーマに興奮しきっているのが川上未映子だが、いまさら感がある。あえて言うが、トランスジェンダーは小説の構成に利用されているだけで内実がない。「種明かしはこれだけ?」というのが、正直な感想だ。

会員限定記事会員サービス詳細