「生きて帰って申し訳ありません」と父は玄関前に立ち尽くした 秋田「正論」友の会会長で医師の佐藤典子さん(63)

秋田「正論」友の会会長としての思いを語る佐藤典子さん=秋田市牛島の「のりこ皮ふ科」
秋田「正論」友の会会長としての思いを語る佐藤典子さん=秋田市牛島の「のりこ皮ふ科」

 月刊のオピニオン誌「正論」の愛読者らが、地方から日本の針路を考えようと2年前に発足した秋田「正論」友の会の会長を務める。本業は、毎日多くの患者から「のりこ先生」と慕われ、笑顔が絶えない「のりこ皮ふ科」の院長だ。

 「私に会長職の話がきたのは、自営業で動きやすいからでしょう。巌とした主義主張があるわけではなくなまくら保守うっすら保守の私ですが、若い人たちとも一緒に秋田や日本のために学んでいこうと、お受けしました」

 生まれ育ったのは長野県諏訪市。農業と織物の兼業で生活に追われる両親を見て「技能を身に着けないと」と医師を志し、得意科目で受験できた秋田大医学部に進んだ。1年先輩の夫は県内で病院長を務める。

 父は15歳で海軍飛行予科練習生(予科練)に志願後、水上特攻艇「震洋」で沖縄戦に出撃する2日前に終戦を迎えた。

 1年がかりでボロボロになって諏訪に帰り着いた父は「生きて帰って申し訳ありません」と自宅玄関前に立ち尽くしていたという。

 夫の父も陸軍士官学校で訓練中に終戦を迎えた。

 「当時、国家存立の危機にひんした日本を守ろうと、国民の多くは同じ思いで戦ったんです。その事実が戦後長らく伏せられ、戦前の日本を全面否定する風潮がはびこった。当時を知る人々がほとんど亡くなると、その風潮は度を増している」と、父の面影を思い出すように語る。

 「それは秋田も同じ。戦前や戦中のできごとで、いつの間にかどうしてこんな話になったんだろう?ということがいくつもあるんです。それを心配する人は少なくありません」と憂いを隠さない。

 「かつての日本を、価値観や良い面まで否定することが、家族の否定にもつながってしまう。自分さえよければという人が増えていますが、人間は、家族に育ててもらい、地域や国に守られているからこそ安心して暮らし、活躍できるんです」とも。

 そして「『正論』友の会という名称は堅苦しい印象もありますが、そんなことないんです。まずは事実や現実の状況をしっかりと見据え、将来を考えようという活動なんです。4月に予定していた第4回講演会は新型コロナの影響で中止になりましたが、まずは感染が収束に向かうことを願っています」という。(八並朋昌)

会員限定記事会員サービス詳細