朝晴れエッセー

忘れ得ぬ光景・4月4日

修学旅行の日程に東京オリンピック男子1万メートル競走の観戦が含まれていました。

福岡県の田舎町で育った私は初めて来た憧れの東京に見るもの聞くものすべてが珍しく、競技よりもいろいろなところを見て回りたいと強く思っていました。団体行動なので勝手なことは許されず、仕方なく会場に入った私は競技が始まっても試合そっちのけで、友達と興奮しながら東京での出来事を夢中で喋(しゃべ)っていました。

ふと競技場の雰囲気が変わってきているのに気がつき、ちらりと隣の席の外国人女性を見ると彼女は泣きながら何やら叫んでいます。何事だろうと彼女の視線を追うとその先にいたのは誰もいないコースをたった一人で走っている選手の姿でした。

どうやら他の選手は皆ゴールしたのに彼だけがおおきく遅れているようで、何周遅れているのか分かりませんが黙々と走り続けています。もう走らないでいいよ!と悲痛な声も聞こえてきました。

観客席の声援がだんだんと大きくなり、諦めずに最後まで走り抜いた彼、セイロン(現スリランカ)のカルナナンダ選手がゴールしたとき、競技場中の人たちが大歓声を上げ、割れんばかりの拍手を送り、感涙し、彼をたたえました。当時現代っ子と呼ばれ、何事にもドライな考えの人種と呼ばれていた私たちも感動の涙を流しました。

あれから56年の月日が流れ、再び東京でオリンピックが開催されようとしていましたが、延期が決まりました。新型ウイルスの感染症に世界の人々がおびえ慌てふためいています。来年、夢や感動を与えてくれるスポーツの祭典を笑顔で迎えることができるように願っています。

富永美智子(72) 福岡県太宰府市