日本人の心 楠木正成を読み解く

第5章 戦後75年(6)「非理法権天(ひりほうけんてん)」の意味を探して

 「非理法権天(ひりほうけんてん)」という楠公精神を象徴する言葉がある。「非は理に勝たず、理は法に勝たず、法は権に勝たず、権は天に勝たず」として、天道(至上万能の神)に従って行動すべきだと説く言葉だ。楠木家の菩提(ぼだい)寺・中院を抱える観心寺(大阪府河内長野市)の永島龍弘長老は「正成の精神構成の基本となった『四恩』の一つ、天の恩の『天』とは国家を治める力を意味し、国の安泰は民の幸せに通じるという密教の根本的な教え。そこに、非理法権天の精神を身につけていったようだ」と推測。「万世一系の天皇がいて、周りに自分たちがいることで日本の国が治まり、国が平安になれば民も幸せになると考えたのではないか。それが楠公精神の原点だ」と話した。

 特攻隊や戦艦大和が出撃の際、この「非理法権天」が旗印として掲げられた。黒木少佐ら特攻隊員の心の底には、この「非理法権天」思想があり、それが大義となって背中を押したように感じる。

 正成から始まった「もののふの系譜」に私利私欲の世界では理解できない、綿々とつながる日本人の心と、引き継がれる楠公精神のDNAを見る。正成を、そして特攻隊を語ることは、日本人論の原点を語ることだと痛感する。

 ■連載を振り返って

 宮本雅史(みやもと・まさふみ) 昭和28年生まれの66歳。今回の連載で、頭を悩ませたのは「非理法権天」という言葉だった。『太平記』や『梅松論』には、楠木正成が「非理法権天」の旗印を掲げ、戦場を駆け巡ったという記述はない。正成に心酔した吉田松陰ら幕末の尊攘志士らの間でも語られた形跡がない。

 なのになぜ、正成の代名詞のように語られるのか。そしてその意味は。多くの文献に当たったが、想像の域を出なかった。

 観心寺の永島龍弘長老の「四恩に報いることの大切さが正成の精神構成の基本となり、四恩の一つ『天(国家を治める力)の恩』が非理法権天の意味と重なり合って語り継がれたのでは」という推測に納得した。万世一系の天皇が健在ならば、国が平穏になり、民は幸せになる。日本書紀に「八紘(あめのした)をおおひて宇(いえ)にせむ」と書かれ、神武天皇が「八紘をおおひて宇にせんこと、また、可(よ)からずや」と詠まれた建国の理想「八紘一宇(はっこういちう)」の精神に通じる。国の安寧につなげるため、後醍醐天皇に命を預けた思いが、楠公精神の象徴として「非理法権天」という5文字で語り継がれているのだと感じた。

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