朝晴れエッセー

15の春の選択・3月14日

「15ん年で、自分の人生を決めんでも良かじゃなかか?普通高校に行って、18んとき、もう1回、自分の進路を考えれば良かとよ…」

昭和58年冬、高校進学を控えた進路相談の際、私は中学の担任教師から得々と説得されました。母子家庭で育った私は、中学卒業後に神奈川県横須賀市にある陸上自衛隊少年工科学校(現・高等工科学校)への進学を秘かに心に決めていました。

その高校は学費や生活費がかからず、在学中から自衛隊員(公務員)としての給料も支払われ、将来は幹部候補生として自衛隊で活躍できる道があるとのことでした。

幼時に両親は離婚、私は、母の実家がある鹿児島県内の人口5千人余りの山村で小・中学校時代を過ごしました。田舎では器量良しであった母は、隣町の温泉街の飲食店給仕として働く毎日。私は子供心に、一刻も早く母を経済的にも、体力的にも楽をさせてあげたいとの一心でした。

担任教師の熱心な助言もあり、私は散々悩んだ結果、もう3年間、母の負担に甘えて、地元の県立高校普通科へ進学する道を選びました。高校卒業後は、アルバイトや奨学金で自活を続けながら、東京の大学を26歳で何とか卒業。就職した会社の倒産による失業や、数度の転職を経て、現在の仕事に至ります。

当時の私の15の春の人生の選択が果たして正しかったのか、否か?正直わかりませんが、桜咲くこの季節になると、教え子の進路と人生について、ともに悩み、本気で助言してくれる恩師に中学時代に出会えたことに、今、改めて感謝の気持ちでいっぱいになります。

福田健(52) 東京都文京区