新型コロナウイルスの感染がパンデミック(世界的大流行)と認められ、ウイルスとの闘いが長期化して世界経済が深刻な不況に陥る懸念が強まってきた。トランプ米大統領は11日、国民向け演説で最近の株価暴落は「金融危機ではない」と強調し、投資家に冷静な受け止めを促したが、市場の反応はむしろ冷淡だった。今後、景気が後退し金融緩和による世界的なカネ余りで増大した企業債務が不良債権化すれば、金融機関の経営悪化や企業の倒産が連鎖する事態になりかねない。(田辺裕晶、ワシントン 塩原永久)
「前例のない緊急行動をとる」-。トランプ氏はこう述べ、新型コロナの打撃を受ける労働者や中小企業の支援を早期に実施する方針を示した。ただ、給与税の年内免除など当初検討した大規模な景気浮揚策は、野党・民主党に加え与党・共和党の一部にも消極的意見があり、議会と協議を続けるとの説明にとどめた。
トランプ政権は演説を通じ、乱高下する株式市場を沈静化させたい思惑があった。だが、欧州から米国への入国を禁止する渡航制限の発表などが一層の景気停滞を招くと受け止められ、演説中に12日の取引時間中だった日経平均株価は続落。時間外取引で投資資金の逃避先である米国債に買い注文が集まり、米長期金利も低下(債券価格は上昇)した。
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感染終息のめどが立たない中、市場関係者の疑心暗鬼が肥大化し、株価の底は見えない。BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは「新型コロナが世界規模の不況を引き起こせば、日本では金融システムの動揺が加わり実体経済の落ち込みが増幅される可能性がある」と指摘する。
世界の成長を牽引するアジア新興国などでは、米中貿易摩擦の悪影響を受けながらも、米連邦準備制度理事会(FRB)などの金融緩和が供給した多額のマネーで借り入れを増やし景気を維持してきた。国際金融協会(IIF)によると世界の債務残高は、国内総生産(GDP)の総計の3倍超に増大し、過去最高を更新している。
その影響をまともに受けるのは、他ならぬ日本だ。新興国企業がバブルで膨らんだ債務の削減や経営破綻に直面すれば、有力な貸し手である邦銀大手が痛手を被るのは避けられない。
また、国内では東京五輪やインバウンド(訪日外国人客)需要を当て込み宿泊施設や都市開発などに多額の資金が投入されてきた。貸し手は超低金利による利ざや(貸出金利と預金金利の差)縮小に苦しむ地方銀行だ。訪日客の回復が遅れれば投資が不良債権化し、地銀の経営難が加速する。
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感染拡大による市場の動揺や実体経済への波及を受け、政府と日本銀行は対応に必死だ。政府は景気の悪化を防ぐため、10日決定した緊急対策第2弾に続く緊急経済対策と、令和2年度補正予算案の編成に向けた検討に入った。早ければ4月にも策定する見込みだ。
日銀の黒田東彦(はるひこ)総裁は12日、安倍晋三首相と官邸で会談し、市場動向について協議。終了後、記者団に対し「必要に応じて適切な手段をタイムリーに、躊躇(ちゅうちょ)なくやっていく」と述べた。
欧州中央銀行(ECB)もユーロ圏の景気後退を防ぐため、12日の理事会で追加緩和を検討。市場関係者の間では、こうした各国中銀の資金供給や政府の財政出動に向けた動きに期待する声もある。
現状では、邦銀の資金調達に目詰まりは起きておらず、金融危機にはまだ距離がある。とはいえ、財政・金融政策で感染拡大を直接封じ込めることはできず、政府・中銀の対応は終息までの時間稼ぎにすぎないのが実情だ。先行きが見通せず対症療法を繰り返さざるを得ないことが市場の不安心理を増幅させており、混乱は当面、収まりそうもない。