浪速風

キーンさんが愛した日本の美徳

「桜の通り抜け」の一般公開の前に開かれた造幣局の「特別観桜会」=平成31年4月8日午前、大阪市北区の大阪造幣局(南雲都撮影)
「桜の通り抜け」の一般公開の前に開かれた造幣局の「特別観桜会」=平成31年4月8日午前、大阪市北区の大阪造幣局(南雲都撮影)

「サイタ サイタ サクラ ガ サイタ」。日本文学研究者のドナルド・キーンさんが、最初に習った日本語という。大学時代、その文章で始まる「小学国語読本」を使った(瀬戸内寂聴さんとの共著「日本の美徳」から)。たまたまだろうが、日本と日本語を愛したキーンさんにぴったりだと思ったものである

▶大阪の春の風物詩、造幣局の今年の「桜の通り抜け」が中止になった。あの混雑を考えればやむを得ないが寂しいことだ。同書にはこんな話もあった。作家の高見順が、戦時下に東京大空襲の跡を見るため上野駅を訪れたときのことである。駅は安全なところに逃げたい人々であふれていた 

▶ところが、誰もが整然と並んで汽車の順番を待っている。驚きつつ高見は「こうした人々とともに生き、ともに死にたい」と思った。東日本大震災の後、日本国籍を取得したキーンさんの思いも同じだった。ペーパーの買い占めなどとは無縁の日本の美徳である。