【書評】『旅の断片』若菜晃子著 未知なる自分との出会い - 産経ニュース

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書評

『旅の断片』若菜晃子著 未知なる自分との出会い

 ロンドンやパリ、ニューヨークではない旅の記録。静かな時間が流れる小さな本である。

 『山と渓谷』元副編集長の著者が訪ねるのは、その国の人もあまり行かないような地方の町だ。ローカル電車とバスを乗り継ぎ、海に潜ったり、トレッキングをしたり。〈そこに生きる人々と同じようにパンを買い、坂道を歩き、夜中に横たわって吹く風の音を聞いていたりするだけ〉の日々を過ごす。事件らしい事件は起こらない。読者にとっては、日常の続きのようにも見える旅だ。

 スリランカ南西部の田舎の駅では、なかなか来ない電車をホームで待ちながら思う。

 〈清明な日ざしが降り注ぎ、清涼な風の吹き抜ける、午後の静けさに満ちた駅のホームにはこれ以上ないほどの幸福が漂い、ただ座っているだけで充分に満ち足りた気持ちである。……なぜ私は今、この駅を後にして先に進まなければならないのだろう〉

 けれども、やはり日常ではないのだと読者が思い知らされるのは、インドネシアのスマトラ島で親族の訃報を受け取る場面だ。すぐに日本に帰れず、動揺する著者にガイドは、〈インドネシアでは葬儀は亡くなった当日にする、だから親戚も間に合わないことがよくあるのだ〉と慰め、お守りにしていたイスラムの数珠を握らせてくれる。

 〈どの国のどの街の片隅でも、人々は日々を生きている〉と著者は書く。そこに触れ合ってそう感じることができるのも、また旅である。

 著者にとって旅とは、〈ふだんの生活では見ないように触れないようにしている、自らの未知なる深層にロープを使って降りていく〉ことでもある。同じ土地を別の人が訪ねれば出会うものも、人も違う。出会う未知なる自分もそれぞれだろう。だから旅の経験はその人にとって唯一無二のものなのだ。

 旅先の町で著者は、貝をはめ込んだ小函や小さな仏像の台座に出会って心惹(ひ)かれる。そしてこれが自分の机の上にあったら、いいなあと思いながら毎日眺めるだろう、という。簡素な装丁ながらこだわって作られたらしいこの本も、机の上に置いておきたくなるような心惹かれる佇(たたず)まいをしている。(アノニマ・スタジオ・1600円+税)

評・瀬戸内みなみ(ノンフィクションライター)