【ゆうゆうLife】家族がいてもいなくても(628)まるで命あるがごとく - 産経ニュース

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ゆうゆうLife

家族がいてもいなくても(628)まるで命あるがごとく

 目覚めたとたん、窓を開けて空を仰ぐ。しばし部屋にこもっていたせいか、雪さえ降っていなければ、どこかへ出掛けたくなってしまう。

 急に「一人でドライブ」の快楽に目覚めたらしい。この年齢で、この冬の季節に、こんなことに目覚めてどうするのか、と思いつつ 厚いコートにリュックを背負った。さらに、マフラーで首をぐるぐる巻きにする自己流那須ファッションに身を固め駐車場へ。

 空も森も丘も全体が銀白色の霧に包みこまれている中、向かったのはオルゴール美術館。

 そこは、夏の観光シーズンには、渋滞で車が動かなくなってしまうといわれるエリアにある。さすがに曇天の冬の平日に訪れる人はいない。ふらりとやってきた私が、その小さな美術館を独り占めしてしまった。

 展示されているのは、100年も前の古くて大きくて豪華なアンティークオルゴールたち。それが100点も。

 中には、あこがれの手押し車式の街頭用オルゴールもあって、もううっとり。円筒のシリンダー式や円盤のディスク式の「オーケストラボックス」もあった。こういった巨大な年代物のオルゴールが、たった一人の私のために、次々演奏をしてくれるのだった。

 ドラム、シンバル、パーカッション、鈴までが添えられていて、その複雑なまでの豪華な演奏にはあっけにとられてしまった。

 命なきものが、まるで命を持つかのごとく自動で動いたり、音楽を奏でたりするのが格別に好きな私である。

 思いがけない贈り物と出会ってしまった。

 思えば、オルゴールの音色を使った心の治療法がある。

 さらにオルゴールの音色は認知症予防になると、提唱されてもいる。人の記憶と関連している脳の側頭葉にオルゴールの音色が刺激を与え、機能の低下を防いでくれるのだそうだ。

 オルゴールの音には、人には聞こえない高周波があって、その振動が森の鳥の声とか、せせらぎのような自然音と同じに人を癒やし、リラックスさせてくれるらしい。

 確かに、自分のオルゴールを徒然(つれづれ)なるままに鳴らしていると、私はきまってとろとろと眠くなる。オルゴールは、人間の感情とは無縁な音をありのままに奏でてくれる。その無心で無欲な澄んだ音色は、なぜか安心して寄りかかれるやすらぎを感じさせてくれるのかも。(ノンフィクション作家・久田恵)