話の肖像画

弁護士・北村晴男(63)(2)人生を決めた理不尽な廃部

廃部直前、40人近い部員がいたのですが、僕と同じように「学校はけしからん」と声を上げたのは僕のほかに1人くらい。廃部になったらみんなバレーボール部とかテニス部に入りました。自分と友達の違いを知りました。教師の言うことなら理不尽なことでも従う。みんなは会社に入ってもやっていけるかもしれないが、僕は組織ではやっていけないと気づきましたね。常に合理的な思考をする良い上司がいるとは限りません。理不尽な上司とは必ずけんかして組織を飛び出す。そんなことを繰り返していたら、一生うだつが上がりません。おやじの鉄工所を継ぐのも絶対に嫌でしたから、将来に悩む中、司法試験に受かれば誰の指図も受けずに弁護士の仕事ができると思うようになったのです。弁護士という仕事もよく知らない子供のくせに、なんでそう思ったのか不思議です。今にして思えば、あの時、市や校長に対して裁判を起こすべきだったと思います。理不尽な人間に抗議しても何も変わりませんが、提訴すれば、地元紙の記事に載り、野球が続けられたかもしれないからです。

廃部の理由は後に分かりました。当時、野球部には運動神経の良い生徒が集中しがちでしたから、テニス部など他の部の顧問がそういう生徒を集めようと画策して野球部を廃部にしたのです。結局、野球部は私が卒業して1年後に復活しました。好きな野球を奪われたので、進学するなら野球強豪校の県立長野高校しかないと考えました。進学校ですので自分の学力で簡単に入れるとは思っていませんでしたが、何とかなるだろうと。世間を知らないのは怖いことですが、同時に強いことでもあるのです。(聞き手 大竹直樹)

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