話の肖像画

元郵政相・八代英太(82)(11)「俺に任せろ」は何だった

衆院選で選挙区からの出馬を一時断念、記者団に囲まれる=平成17年8月、自民党本部
衆院選で選挙区からの出馬を一時断念、記者団に囲まれる=平成17年8月、自民党本部

(10)へ戻る

<平成13年4月、郵政民営化を唱える小泉純一郎(自民党)政権が発足した。17年7月、小泉氏が「行政改革の本丸」と主張した郵政民営化法案に反対票を投じた。法案は参院で否決されたが、小泉氏は衆院解散・総選挙に打って出た。法案への造反議員には「党の公認はしない」との厳しい仕打ちが待っていた>

党が公認を出さないというのは分かっていましたから、無所属でも選挙を戦うつもりでした。そうしたら、現在幹事長をやっている二階俊博さんらが私のところにきて、「必ずバッジをつけてもらうので、ひとまず出馬を辞退する形をとって、比例に回ってほしい。手続きは全部私たちが責任をもってやる」と言われたんです。文書も交わして、小泉さんに会いに行ったのですが、「俺に任せろ、心配しないで」と約束されました。マスコミの目もあったので、私はそれから事務所に潜むモグラになりました。

<造反組ながら、自民党からの比例代表での出馬という異例の密約を交わし、東京12区の選挙区は公明党候補者に譲る考えだった。しかし、事態は同年8月の衆院選公示日の直前に一変した>

もう間もなくで選挙だというときに、当時の首相秘書官が「あれはなかったことにしてもらいたい」と言ってきました。首相秘書官は、小泉さんが「俺に任せろ」と僕に伝えたときに、立ち会っていました。頭に血が上りましたよ。ふざけるな。小泉連れてこい。お前も立ち会っていたのに何を言っているんだ。一国の総理が、そんな欺瞞(ぎまん)に満ちたことでいいのか、とね。なんでこのようなことになったのかは、僕は分かりません。ただ、政治ですから、非情になることもありますね。僕はすぐに党本部に行って、自民党とお別れをしました。

会員限定記事会員サービス詳細