虎番疾風録

小林帰省に同行「故郷ってええなぁ」 其の参110完

虎番疾風録 其の参109

昭和55年12月、筆者は浮かれていた。27日に公開された松竹のお正月映画『男はつらいよ』第26作。「寅次郎かもめ歌」のヒロイン・すみれ役で元キャンディーズの伊藤蘭が出演したからである。

そして2本立て映画のもう1本が『土佐の一本釣り』。青柳裕介原作の漫画の実写化で純平、八千代が巻き起こす黒潮ロマン。その八千代役は〝スーちゃん〟こと田中好子。いやぁ、セーラー服姿がまぶしかった。

年の暮れも押し詰まった30日、筆者は小林繁と一緒に、鳥取県東伯郡にある小林の実家に車で向かっていた。

小林はこの年の帰省に初めて長男の優介君(当時4歳)を連れて行くという。関西(大阪府池田市)で育った筆者は一度も〝帰省〟を経験したことがなかった。そこで、ダメもとで同行取材をお願いした。すると「いいよ」の返事。

午前9時30分、兵庫県・西宮の自宅を愛車のベンツに乗っていざ出発。中国自動車道の山崎インターから国道29号線で鳥取へ向かう。途中、戸倉峠でタイヤにチェーンを巻くことになった。それはこの年、中国地方に何十年かぶりのドカ雪が降ったためだ。小林がそんな年にあえて、優介君を実家に連れて帰ろうとしたのも、この〝ドカ雪〟が理由だった。

「子供の頃、初めておやじに殴られたことがあった。近所の子と喧嘩してケガをさせたんだ。日本海の見える公園に連れて行かれて〝繁、ケガをさせて気持ちよかったか?〟と…。こんなドカ雪の降った日だった。オレは優介にまだ父親として何もしてやれていない。だから、せめて、雪の日本海を見せてやろうと思ったんだ」

豪雪の中を6時間以上もかかって、車は小林の実家に到着した。「よう来た、よう来た」と父親・進さんと母親・悦子さんが迎えてくれた。暖かなこたつに入ると小林と優介君は眠り始めた。

「顔じゃ強がっていますが、成績も良くなかったし、疲れているみたいです。正月の3日間ぐらいは何も考えずに、ゆっくり休ませたい」

悦子さんは優しく布団をかけ直した。〈帰省ってええなぁ。故郷って温かいなぁ〉。激動の「虎番」1年目、昭和55年を締めくくる一番の思い出となった。(敬称略)

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