虎番疾風録

失敗。江本で「ひと儲け」 其の参104

虎番疾風録 其の参103

11月から12月はプロ野球界がもっとも忙しくなる時期だ。「トレード」に「ドラフト交渉」。新監督を迎えた球団はさらに「組閣」という人事に追われる。

さて、阪神の「江本放出」―の続報である。広島・江夏との交換で右腕・高橋直を放出した日本ハムが、その〝穴〟を埋めるべく、中西監督と折り合いの悪い江本の獲得に乗り出した―とそこまでお伝えした。(第93話参照)

阪神は交換要員に佐伯和司投手を指名。話はすぐにまとまるかと思われた。ところが佐伯には“先約”があった。古巣の広島が呼び戻しを掛けていたのである。佐伯も広島へ帰りたかった。

11月17日、日本ハムと広島の間で、佐伯-高橋里志投手の交換トレードが成立。宙に浮いた江本…。そこで阪神は近鉄へ、太田幸司投手+橘健治投手の「1対2」のトレードを申し入れた。

毎年、毎年、この時期になると名前が挙がる江本。本人はどんな気持ちなのだろう。思い切って尋ねてみた。

「トレードの話が出るということは、それだけ実力があるという証明。別に出されるからというて、悲しんだり怒ったりするもんやない。ただ、日本の場合はヤツには球団におれない状態にあったんやろう―とか、あの選手はコーチと仲が悪いからや-といわれる。そんな悪いイメージでみられるところに問題がある」

江本のトレード交渉はなかなか前に進まなかった。平本先輩によると「阪神はすぐ儲(もう)けようとするから」らしい。近鉄との話も「阪神はがめつい」と西本監督が一蹴。その後、日本ハムが再度「江本がほしい」と申し込んできたが、阪神は交換に「間柴クラス」を要求。こちらも日本ハムが難色を示し立ち消え。結局、「江本放出」は見送りとなった。

12月10日、江本の契約更改が大阪・梅田の球団事務所で行われた。更改を終えた江本があきれ顔で話した。

「代表が言うには、トレードは阪神から持ちかけたんやなく、日本ハム、近鉄からの申し込みで出た話。阪神が申し込んだちゅうのはマスコミの勝手な推測や―って。なら、マスコミに抗議してくださいよ―と言うたら、黙ってたよ」

そのあと岡崎球団代表がにこやかな表情で会見した。

「江本君には出す意思はないと伝えました。彼にはわだかまりがあるかもしれんが、きょう話し合ったことでスッキリしたと思っています」

〈ようまぁ、のうのうと…〉この感覚のズレが、翌56年8月の『ベンチがアホやから…』事件へとつながっていくのでる。(敬称略)

虎番疾風録 其の参105

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