昭和55年11月26日午前11時、東京・九段のホテルグランドパレスでドラフト会議が開催された。前日の深夜まで最終情勢分析に追われた各球団首脳たち。それでも最後に頼るのは〝くじ運〟。会場もその隣に設営されたプレスルームも一種独特の緊張感で包まれた。
1巡目の指名が始まった。「南海、山内和宏、投手、リッカーミシン」。〝パンチョ〟こと伊東パ・リーグ広報部長の甲高い声が会場に響く。南海―中日―阪急―とウエーバー順に読み上げられ、次は阪神。一瞬の静寂…。
「阪神、中田良弘、投手、日産自動車」。とたんに会場のあちこちから「ほう」という声があがった。それは「意外」を示す声。プレスルームでも「中田、誰や?」と虎番記者たちが騒然となった。事前に「中田指名」を予想した新聞社は一社もなかったのだ。
東海大の原を指名したのは巨人、大洋、広島、日本ハムの4球団。プリンスホテルの石毛に阪急と西武。新日鉄室蘭の竹本にはヤクルトと近鉄が名乗りを上げ、南海、中日、ロッテ、阪神が単独指名となった。
注目の抽選。2度箱の中をのぞき込んで手を入れた日本ハムの三原代表。続いて大洋・土井監督、巨人・藤田監督、広島・松田オーナー。「開けてください」の声で封筒の中の紙を出す。思わず小躍り、満面に笑みを浮かべ、右手に持った〝当たりくじ〟を高々と差し上げたのは巨人の藤田監督だった。
なんという〝強運〟―。長嶋監督が去り、王が現役を引退。次のスーパースターが欲しかった巨人に原の当たりくじがいくとは…。会場のどよめきには驚きと羨望の気持ちが交じった。結局、石毛は西武が、竹本はヤクルトが引き当て、1位指名は次の通りとなった。
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広 島 川口 和久 投21 デュプロ
ヤクルト 竹本由紀夫 投24 新日鉄室蘭
巨 人 原 辰徳 内22 東海大
大 洋 広瀬新太郎 投18 峰山高
阪 神 中田 良弘 投21 日産自動車
中 日 中尾 孝義 捕24 プリンスH
近 鉄 石本 貴昭 投18 滝川高
ロ ッ テ 愛甲 猛 投18 横浜高
日本ハム 高山 郁夫 投18 秋田商
西 武 石毛 宏典 内24 プリンスH
阪 急 川村 一明 投18 松商学園
南 海 山内 和宏 投22 リッカー
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東京・大手町の読売新聞本社では正力オーナーが喜びの声をあげた。
「まさに狂喜乱舞だ。初めてスカウトを褒めたよ。原君は長嶋君に負けず劣らずの強運がある。ウチに来て必ずスターになる」。これが盟主巨人の強さ。恐るべし―。(敬称略)