視線は東京の次へ パリで輝け、次の時代

走り幅跳び 東海大相模高3年・藤山有希さん 社会人1年目、絶対に出たい

産経新聞のインタビューに答える東海大相模高校3年の藤山有希さん
産経新聞のインタビューに答える東海大相模高校3年の藤山有希さん

 決して順調だったとはいえなかった高校生活の最後の最後でつかんだのは、競技に対する確かな自信だった。東海大相模高校陸上部で走り幅跳びに打ち込む3年生で南足柄市在住の藤山有希さん(18)は、4年後のパリ五輪について「大学を卒業したら、社会人1年目の年に開かれる大会。絶対に出たい」と目を輝かせる。

 その名前が日本陸上界に響き渡ったのは、3年前のことだ。大会で6メートル20を跳び、中学生女子の日本記録を21年ぶりに更新した。文部科学省の統計に残る中学3年女子の走り幅跳びの平均値は2メートル95(平成9年)というから、実に2倍以上を跳んだことになる。

 ◆もともとは「球児」

 もともと、小学生のころから男子に混じって野球に熱中する「球児」で、市立足柄台中学校で陸上を始めたのは、野球をするうえでの「体力づくり」のためにすぎなかった。

 ところがすぐさま才能が開花し、実力はぐんぐんと上昇。陸上に専念すると、わずか3年で中学女子のトップに上り詰めた。といっても本人にはその自覚はなく、「『すごいことだよ』と周りが声をかけてくれて、『そうなんだ』と思っていました」。

 周囲の目には「天才肌」と映ったに違いない。高校ではどれだけ伸びるのか、その期待を一身に集めて数々の選手を育てた名門・東海大相模に進む。だが、その矢先に試練は訪れる。

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