「著者はロシアを中心とした軍事専門家であるが、視野の狭いいわゆる『軍事オタク』ではない。軍事や政治問題を、ロシアや旧ソ連諸国の社会や心理、文化、発想法などを深く理解し、日本や欧米のそれと比較しながら幅広く論じている」。『「帝国」ロシアの地政学』(東京堂出版)で今年のサントリー学芸賞(社会・風俗部門)を受賞した小泉悠・東大先端科学技術研究センター特任助教(37)。ロシア研究の第一人者として知られる同賞選考委員の袴田茂樹・新潟県立大教授は、選評でそう称賛して祝った。
人文・社会科学の芥川賞とも称され、若手研究者の登竜門とされる同賞。しかし小泉氏は「私は正統的な研究者というよりも職業的軍事オタクとでもいうべき人種」と笑う。ソ連が崩壊したときにはまだ小学生。軍用航空機に夢中だった中高生時代、冷戦中は謎に包まれていたソ連軍兵器の詳細が判明し始め、西側とは異なる兵器体系や用兵思想、そしてその背後にあるロシア人のものの考え方に強い興味を覚えた。
早稲田大大学院修了後、ロシアの安全保障政策を主な専門として軍事雑誌などでの執筆を重ねつつ、未来工学研究所特別研究員、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー客員研究員、国会図書館調査員などを歴任。昨年3月、現職に着任した。ツイッターでのユーモアを豊富に交えた情報発信も人気だ。
研究対象としてのロシアの魅力については「チラリズムですね」と冗談めかして語る。「(軍備の)全部は見えない。しかし北朝鮮ほど全く見えないわけではなく、むしろ情報はあり過ぎるほどあるのだけど、外部に対し整理した形で見せてはくれない。その情報をどう掘り出して、うまく整理するかが腕の見せどころ。死力を尽くすと9割くらい解けるパズルのような感じです」
受賞作は、国際的に大きな批判を浴びている近年のロシアの安全保障政策について、その背景にある特異な秩序観を読み解く。どこまでをロシアとみなすかが曖昧な境界認識と、他国との同盟に依存せず自国だけで軍事的決定を下せる国のみを「主権国家」とし、影響下にある周辺中小国の主権は制限してよいとするロシア独特の主権観が重なって生まれた「勢力圏」思想など、度重なる対外軍事介入を生んだ内在的論理を鮮やかに分析。あわせて旧ソ連圏の各地を歩いて現場観察を重ねた紀行文的な側面も魅力だ。
今後も、研究のかたわら評論活動や現地調査は続けていくという。「当面の目標としては、5年以内に旧ソ連の15カ国を全て回ってみたいですね。あと、ロシア連邦の(共和国や州など)83構成主体も全部行ってみたい。研究課題、というと口はばたいので、社会科見学ですかね(笑)」
(文化部 磨井慎吾)