朝晴れエッセー

11月月間賞は「健康のバロメーター」

【朝晴れエッセー】11月月間賞は大阪・佐竹加織さんの『健康のバロメーター』
【朝晴れエッセー】11月月間賞は大阪・佐竹加織さんの『健康のバロメーター』
その他の写真を見る (1/7枚)

朝晴れエッセーの11月月間賞に、佐竹加織さん(43)=大阪市住之江区=の「健康のバロメーター」が選ばれた。ティラノサウルスになりきる次男を描いた客観的な視点と、高い文章力が評価された。選考委員は作家の玉岡かおるさん、山田智章・産経新聞大阪文化部長。

受賞作

■健康のバロメーター 佐竹加織さん(43) 大阪市住之江区

3歳の次男は、恐竜好きだ。きっかけは、おじいちゃんにもらった恐竜図鑑。図鑑にはDVDが付いており、何度も見るうちに、ティラノサウルスになりきるようになってしまった。

「ガアアアッ」。歩き方、首の動かし方、ほえる声、何もかもティラノサウルスそのものである。

あるとき私が洗い物をしていると、おしりに衝撃があった。「いたっ! なに?」

見ると次男がにやり。チョキの2本の指を、少しおり曲げ、口を開けている。ティラノサウルスだ。

「もう! お尻かまないで!」。私がにらむと、とびはねながら逃げていく。ティラノサウルスになりきっているときに、どれだけ話しかけても返答はない。ため息をつきつつ、家の中では大目にみていた。

しかしである。外でもティラノサウルスになるようになってしまった。近所の人に出会っても、首をぐるりと回し、とびはねながら走り去ってしまう。

「すみません、今、恐竜になりきっていて…」。言い訳をしつつ、追いかける。恥ずかしい。いつまでこれが続くのだろう。

そう思っていたところ、次男が熱を出した。数日、ティラノサウルスのいない日が続く。静かだった。私はふと、次男のまねをして、少し背中を曲げ、とびはねるように走ろうとしてみた。きつい。息切れがする。元気なときでないと、ティラノサウルスにはなれないのだ。

「ガアアアッ」。熱が下がり、次男はまたティラノサウルスになった。私は、今日も健康で何より、と考えることにした。

≪受賞の言葉≫

■大きくなったら伝えたい

次男はイヤイヤ期もあって、やんちゃされて叱ることも多いです。でもそんなやりとりも元気だからできるんだなと気付いて、今回のエッセーを書きました。

ティラノサウルスが出てくるのは本人の機嫌がいいときで、大抵、こっちが忙しいときです。いったんなるとしばらく人間には戻ってこないので、見守るしかありません。言葉も通じないし、本当に小さなティラノサウルスを相手にしているみたいです。本人いわく「強くて怖い」ところが好きだそうですが、いつまで続くのか、他のものに興味は移るのか、観察中です。

月間賞に選んでいただいて本当にうれしいです。次男が大きくなったら、小さい頃はこんなことをしていたんだよと教えたいです。

■かわいさ引き出す客観的な描写

山田 今回から選考を担当します。よろしくお願いします。

玉岡 よろしくお願いします。今回も選ぶのに苦労しました。質の高さに毎回、驚かされます。

山田 玉岡さんのイチオシは「健康のバロメーター」。僕も優秀作にしました。面白いし、技術的にもうまい。

玉岡 家でも外でもティラノサウルスになりきってしまう。3歳の男の子の生態がいきいきと描かれていますね。

山田 筆者が「恥ずかしい」と言っているところがいい。「かわいい」の言葉は一言もないのに、かわいさが伝わってきます。

玉岡 子供のことを書くときはつい思い入れが勝って、かわいさや幸せのアピールになりがちです。でもこの作品は本当に客観的で、それがかわいさをより引き出しています。

山田 それだけに、タイトルが残念でした。

玉岡 もったいないです。ティラノサウルスが入ったタイトルなら完璧でした。

山田 優秀作で重なったのは、婚活を始めた娘と縁結びの神社に行く「婚活総力戦」。これも面白おかしくて、うまいですね。

玉岡 こちらもとても客観的です。娘を心配する気持ちや、娘がどんなにいい子かといった主観を書き込んでいません。「健康-」と「婚活-」は、いかに客観性が大事かというお手本のような作品ですね。

山田 婚活の結果をさらりと書き、疑問を解消したオチもいいです。

玉岡 部長のイチオシの「父と柿の木」は、父親が植えた柿の木をめぐるお話でした。

山田 父親が話した疎開先のエピソードが切ない。母親が声を出さずに泣いていたところに、ぐっときました。

玉岡 お代がわりの手土産が『足りない』といわれ、同級生に柿を返したというのがリアルですよね。朝晴れエッセーではあまりないパターンです。

山田 戦時中の厳しさが伝わってきます。

玉岡 ラストで相手に呼びかけないでと言い続けている私ですが、これは認めます。柿の木との思い出がもっと書かれていれば、より良かったです。

山田 「娘の彼氏が我が家にやって来た」は、今時はこうなのかと思わされました。「ビールは本物を用意し」というのがいい。普段は発泡酒なのでしょう。

玉岡 結局、彼氏は特別な話をせずに帰った。「疲れた1日だった」に筆者の気持ちが集約されていますね。自身の32年前の体験と重ねたのもいい。ただ、居酒屋まで義父と歩いた45分もの間、どうされたのか気になって…。

山田 どんな状況だったのか、少しでも書かれていればよかったですね。

玉岡 それにしても今時のお父さんは、ちょっと弱腰なものなんですね。さだまさしの歌の時代とは変わりましたね。

山田 何が目的で彼氏が来たのか、娘にも聞けていないですからね。

玉岡 部長は母親の介護を振り返った「花束を君に」も選ばれています。

山田 きれいなお話だなと。「人は死が近づくと死ぬ準備を始める。その準備を始めたのかもしれない」という、看護師の言葉が良かった。

玉岡 介護を描いた作品は多いですが、本当にテーマが尽きません。今は介護に関係なく暮らしている人も、考えさせられるのではないでしょうか。

山田 今、介護をされている方にとっては、自分と同じつらさを文章にされることで、助けられるところがあるかもしれません。

玉岡 私が選んだ「断捨離断念」も、死期に関わるテーマです。大学受験のときのテキストが自分では捨てられず、処分を家族にお願いする。断捨離を断念するというのも、一つの結論なのかなと。

山田 これはタイトルがうまいですね。

玉岡 当時の大学は狭き門で進学率も低かったですから、大学受験は今よりもずっと、人生の中の大きな出来事だったと思います。私も共感しました。

山田 玉岡さんの選んだ「蜘蛛(くも)」にも共感しました。前任地ではよくクモが出たので。

玉岡 これぞ朝晴れエッセーの原点である暮らしの中のエッセー。ありふれた物事でも、多くの人と異なる見方をすればエッセーとして成立します。

山田 ではそろそろ月間賞を決めましょう。今回は「健康のバロメーター」でしょうか。

玉岡 そうしましょう。タイトル以外は、文句の付けどころがありません。

≪話題にのぼった作品≫

■婚活総力戦 砂崎三千代さん(67) 埼玉県志木市

娘は無口で奥手だった。図書館で働いていたが、「親はいつまでも生きていないよ、人生を変えないと世界が広がらないよ」と言っても聞く耳を持たなかった。

ところが30歳の誕生日を迎えると、父親の会社が属しているグループのブライダルサークルに登録しに行くという。

有効期限は2年。係の女性が、「何かご希望は?」の問いかけに、「年下がいいです」「年下の男性は、当節困難を窮(きわ)めますね…」「はあ…」。ま、やるしかない。

やると決めると、とことんやる娘は、出雲大社に行くという。観光旅行気分で親子3人で出発。婚活女子お定まりのコースで、まず出雲大社参拝。次は道の敷石に彫られたハートマークをみつける。3人で落とし物を捜すように足下を見ながらウロウロ。「あった!」

最後は八重垣神社で占い。10センチ四方位の白い紙の中心に十円か百円を載せ、早く沈むとご縁が早く訪れ、遅いとそれなりに。はりこんで百円玉を載せ、3分、5分、7分、沈まない…。

その時、父親が「どう?沈んだ?」と楽しそうにドタドタと池の縁に立った。と同時に、足音にびっくりしたのか、小蛙がピョンと娘の百円めがけてとび込んだ。

「ああっ…」。泳げるはずの蛙が紙と百円玉と三位一体となって池の底に沈んでいった…。笑いをこらえる巫女(みこ)さんによると、硬貨が沈んだ時点で占いは成立するらしい。

その後、有効期限ギリギリで公約通り年下男子とご縁があり、今、娘は2児の母親である。

■娘の彼氏が我が家にやって来た 大東恒夫さん(65) 大阪府枚方市

「お父さんの休みの日を教えて」と、娘から電話があった。彼氏を家に連れて来るとのこと。娘が、男性を我が家に連れて来るのは初めてである。娘は今年大学院を修了、就職して寮生活をしている。

妻と息子は、既にその彼氏さんと二度会っていたが、私は仕事を理由に会っていなかった。何をしに来るのか気になったが、あえて娘には聞かなかった。ふと、32年前のことを思い出した。

32年前、私が妻の家を初めて訪れ、妻の家族と食事しながら、結婚を前提に、と話そうと思っていたのだ。ところが義父に「2人だけで外でお酒でも飲もう」と誘われ、妻の実家から4キロほど離れた居酒屋まで、街中を45分ほど徒歩で行った。ふぐ料理とお酒をごちそうになったが、緊張で、ふぐのおいしさは分からず、お酒も全然酔わず、しかし、自分の気持ちはしっかりと、話せたのを憶えている。

当日は娘に恥をかかせないよう、家の掃除を念入りに行い、昼食は出前のおすし、ビールは本物を用意し、2人は昼前に来た。

昼食を食べながら、彼氏さんの仕事、ご両親のことなどを事情聴取のように聞いたが、彼氏さんからの特別な話は聞けなかった。

2人は3時間ほどいたが、最後は我が家のペットのうさぎと遊んで、2人一緒に帰ってしまった。疲れた1日だった。

彼氏さんの目的は何だったのか、うさぎと遊ぶことだったのか、娘には聞けていない。

■父と柿の木 中野誠さん(57) 千葉県船橋市

自宅から十五分ほど離れたところに、母がひとりで住んでいる。広くもない庭に一本、柿の木がある。亡き父が二十三年前に植えたものだ。父は生前、「年寄りには手入れが大変」と言って、庭木の多くを整理したが、なぜかこの柿の木だけは残った。

父が病を得、何度目かの手術のとき、病室で突然私に、

「なあ、あの柿の木だけは切らないでくれよ」と言った。私が「どうしてですか」と聞くと、マスクの隙間からこんな話をした。

「疎開していたとき、近所に大きな柿の木があった…。母の同級生の家だから、少し分けてもらおうと母と一緒に行き、十個ほど取らせてもらった。帰り際に母が『これ少ないけど』と手土産を渡すと、母の同級生は手土産を見つめ、『こんなんじゃ足んねぇ』と言って、取った柿を三つほど返すように言ってきた。言われたとおりに返したが、帰り道、母は俺の手を強く握って、声を出さずに泣いていた。俺が『柿を食べたい』と言ったばかりに、母にくやしい思いをさせてしまったんだ」

疎開先で苦労したという話は聞いていたが、この話は初めて聞いた。そして父は「孫たちに、好きなだけ食べられる柿の木を残したいんだ」と小声で、少し照れながら語った。

父が亡くなり三年がたとうとしている。今年社会人一年生となった息子が、

「父さん、そろそろおじいちゃんの柿、食べに行こうよ」と言ってきた。

もうそんな季節か。お父さん、今年もあなたの柿、いただきます。

会員限定記事会員サービス詳細