拉致被害者の地村さんが今、小中学校を巡回する理由

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 北朝鮮による拉致被害者の地村保志さん(64)=福井県小浜市=は最近、地元の小中学校で啓発講座の講師を務めるなど自身の拉致被害の体験を語る機会を増やしている。拉致被害から41年。地村さんが表舞台に立ち始めた背景には、拉致被害を知らない世代に事実を伝えることでほかの被害者の救出につなげ、被害の風化を防ぎたいとの思いがある。

「寝耳に水」の帰国

 「23歳で拉致され、北朝鮮で生活して24年。北朝鮮での生活の方が長くなり、(私は)本当に日本人なのかと悩んだ時期もありました」。「北朝鮮に拉致された日本人を救う福井の会(救う会福井)」が11月24日、同県敦賀市で開いた「拉致・特定失踪者問題の早期解決を願う福井県集会」で地村さんは演壇に立った。

 地村さんは昭和53年7月7日、当時交際していた妻の富貴恵さん(64)と出かけた小浜市の小浜公園展望台で北朝鮮工作員に拉致された。

 平成14年の日朝首脳会談で金正日国防委員長が日本人の拉致を認め、拉致被害者5人の帰国が決まったが、地村さんたちには寝耳に水だったという。

 「北朝鮮に生活基盤を持ち、子供たちも大学に通うなどしていた。今から日本に帰っても生活できないことが一番心配だった」と地村さん。このため、いったんは3人の子供たちを北朝鮮に残す「一時帰国」という形をとった。

 だが、日本政府の「私たちが責任を取る」という言葉に背中を押され、永住帰国を決断、子供たちを日本で待つことにした。そして帰国から1年7カ月後の16年5月、子供たちも帰国を果たした。

「世代を継いでいく」

 これまで地村さんは拉致問題の節目には取材に応じていたが、表立った活動は抑えていたという。しかし、小浜市役所を平成28年に退職後、昨年6月から小浜市内の小中学校を回って講師を務めたりするようになった。

 地村さんは講演でその理由を「今の小中学生は帰国したときは生まれていないし、その両親も事件の時には生まれていない。拉致を知らない世代に話すことで解決に協力、理解を深めたい」と打ち明けた。