本紙連載の若き精神科医、NHKでドラマ化 阪神大震災25年

安医師とは、阪神大震災の前から面識があった。神戸で被災し医者としても忙殺されていた安医師に、無理をいって新聞連載を続けてもらったのは筆者である。彼は被災地を象徴する精神科医として有名になり、多忙にもなった。その結末は改めて思い返しても悲しい。

精神医学徒としての安医師は早くから、心的外傷に由来するいわゆる多重人格の臨床と理論に取り組んでいた。阪神大震災に遭遇し、被災者が負った心の傷にわがこととして向き合っていったのは、必然的なことでもあった。

けれども、安医師にとっても初めての大規模な震災である。戸惑い、ときに涙を流しながら、彼は全力で被災地の心の傷に向き合っていった。

一方で「心のケア」がただブームのように語られたり、ケアが専門家や専門機関にのみ押し込められたりすることに、安医師は批判的だった。傷ついた人に優しい社会を思い続けた。

安医師が最後に選んだ生き方は、致命的な病を抱えながらも、身ごもった妻と幼い子供をいたわって積極的に生きることだった。在宅看護という言葉で語れるものではない。ふらふらになりながらも彼はふつうの日々を送ろうとし、家族と外出もした。