朝晴れエッセー

一さじの魔法・12月2日

「どうや、紅茶でも飲むか」

普段怖い父が、時折、子供相手に紅茶をふるまうことがあった。それは、小学生だった私が母に叱られ、いつまでも泣きやまないときや、秋の夜長をしっとり楽しみたいとき。

もっとも、ティーバッグを浸すだけの簡易な方法だが、父のこだわりは、一さじの蜂蜜を垂らすところにあった。湯気の立つ琥珀(こはく)色の紅茶に、きらめきながら滴(したた)っていく黄金色の蜂蜜。苦いお茶が、一瞬にしてまろやかで芳醇(ほうじゅん)な飲み物へと変わる、一さじの魔法。

父の所作を、もの珍しそうに眺めていると、「これは体にもええんや。カサカサ唇も一塗りするだけで、いっぺんにしっとりやで」。

茶目(ちゃめ)っ気たっぷりに、父のうんちくが始まった。そこで試しに塗ってみたものの、食いしん坊の私はすぐさま唇をペロリ。

当時は今ほどお菓子が潤沢になく、蜂蜜は格別おいしい甘味だったのだ。でも貴重な品は一瓶のみ。蜂蜜が切れると、わが家のお茶会は、それきり無くなってしまった。

その後、大人になり、コーヒーを好むようになると、私はいつしか蜂蜜を口にしなくなっていた。

ところが先日、思いがけず親戚から頂いた。瓶の蓋を開ければ、懐かしい匂い。子供の頃の記憶が、ふつふつと蘇(よみがえ)ってくる。

秋の夜長、亡き父をしのびながらの魔法の一さじ。蜂蜜は、かぐわしい香りとともに、ゆっくり紅茶に溶けていった。

久保奈緒(60)主婦 和歌山県橋本市