ビブリオエッセー月間賞

10月は『乳と卵』 大阪市東淀川区の京極麻香さん

本にまつわるエッセーを募集し、夕刊1面で掲載している「ビブリオエッセー」。皆さんのとっておきの1冊について、思い出などとともにつづっていただき、本の魅力や読書の喜びをお伝えしています。10月の月間賞は、大阪市東淀川区の京極麻香さん(23)の『乳と卵』に決まりました。ジュンク堂書店のご協力で図書カード(1万円分)を進呈し、プロの書店員と書評家による選考会の様子をご紹介します。

<選者>

書評家・近畿大学非常勤講師 江南亜美子さん

ジュンク堂書店難波店店長・福嶋聡さん

キラーフレーズの使い方

――いつにもましてバラエティー豊かな本が並びましたね。いかがでしたか

福嶋 そうですね。今回は消去法でなく、残したいと思う少数の作品が目にとまり、候補作を絞りやすかった感があります。

江南 私はアイキャッチ、あるいはキラーフレーズの有効性について考えました。端正に書かれていてもさっと流れて意識に残らないものもあれば、「おっ」と思う一文や表現によって心に残るエッセーもある。例えば『明るい夜に出かけて』の評に、「『好き』に呼ばれたのだ」という文がありますね。詩的表現で目を引きます。『乳と卵』評の出だしの「母であれ、おんなは女」も、なんだろうと思わせる。ねらいすぎないあんばいが難しいかもしれませんが、大事なポイントになります。

福嶋 「好き」に呼ばれる―というのは一般的ではない言い方ですね。全体としては自分のことと本のことを上手に書いているとは思いますが、最後の「好きが好きを呼び、好きがより好きになる」とまでくるとちょっと…。

江南 意図的に違和感のある表現を入れて、先に読み進めるキーワードにしているんですね。多少くどいかもしれませんが、よくある表現よりはいいかも。

福嶋 『プロシード英和辞典』の出版社は、今はもう名前が残っていない福武書店(現ベネッセホールディングス)です。「ボロボロになってテープで補強」などは好感が持てますね。「黒一色で書かれているわりには」とレイアウトについても触れていて、物としての本について書いてくれているところもうれしかった。『サラダ記念日』もいいのですが、俵万智さんのような大人になりたい…というあたり、ちょっと優等生すぎるかな。

江南 説得力はありますよ。歌人になりたいというより、ああいう表現ができる人になりたいというのですから。今回は辞書をはじめ、変わった本が多くて「ビブリオエッセー」の幅の広さを改めて感じました。

――漫画に辞書、野球の球団史や誕生花の本もありました。もちろん小説も

江南 『ねじれた家』はミステリーですが、ねじれた家族関係にかけて自分のことを書きつつ、著者のクリスティー自身が自作ベスト10に選んでいる…など、短い中に情報量が多かった。「父に、思春期から挙式の前日まで反抗し続け」とあり、この表現は通り一遍に反抗期だったと書くよりももう一歩自分の内実を語っている気がしました。

福嶋 〝ねじれた〟感情とか心を筆者ご自身と重ね合わせていますが、あまり具体的ではなかったですね。その点では『乳と卵』の方がストレートです。

江南 パワーがありますよね。なぜそう感じるのかというと…切実さでしょうか。でも、だれに感情移入しているのか、書きたいけれどきちっと定まっていなかったような。それでも圧力は感じました。いっぱい書きたいという気持ちが伝わってきましたね。

福嶋 最後の部分はちょっと光がさしてくる感じがしました。

――では『乳と卵』に


<作品再掲>

母は女か、女が母か

母であれ、おんなは女。何かひとつくらい欲があって当然ではないか。滑稽でもいいじゃない。欲望は大切な夢でもあるの。

『乳と卵』を読み、主人公の姉、巻子やその娘、緑子と重なる心情が多いと思った。私は23歳。仕事を始めて4年、一人暮らしもしている。もしかしたら今はもう、母になる方へ向かっているのかもしれない。だからホステスであり母である巻子の目線で、無意識に読み進めていた。

母となり、女であることを忘れることが怖かったのか。母子家庭で貧しく、巻子には隣の芝は青い状態、だったのかもしれない。巻子は豊胸手術を受けるため緑子とともに大阪から上京、妹宅に来た。豊胸手術には、ほんまの意味がある、と考えていた。が、ほんまのことがないこともある。女とか隣の芝とか、答えはないということだろうか。緑子のノートの中身は切なく思春期の頃の自分みたいだ。

なぜ子どもを産みたかったの。私も緑子のように、お母さんに疑問を持ったことがある。まず、自分なら絶対産みたくないし、育てられない。子どもの何がいいの? 私が生まれてこなきゃ、お母さん、こんなにも苦労しなくてよかったんだよ。

巻子と緑子が卵をぶつけ合い、本音を言い合うシーンでは、私とお母さんも大げんかをして気持ちを吐き出し、ふたりで号泣したことを思い出した。私を産んだ理由を聞いても、私はまだ、よくわからない。それでも私のお母さんはうれしそうにいつも言う。「あなたを産んでよかった。本当によかったよ」

『乳と卵』を読んで、忘れかけていた大切な思い出が、たくさん蘇った。子どもを産むことは当時のお母さんの夢で、今はその喜びを噛み締めているのかなと。


<喜びの声>大阪市東淀川区 京極麻香さん(23)

ある人からたまたま薦めていただいた本が『乳と卵』でした。自分の過去とシンクロし、思い出すことが多くてしびれました。だから、読み終えたときの気持ちを忘れないように、何かの形で残しておきたいと思いました。その頃、勤め先の職員からビブリオエッセーのことを聞きました。今日までのご縁が、今日の私を新しい世界へ連れて行ってくれます。ご縁というのは、私に『乳と卵』を薦めてくださった方やビブリオエッセーを教えてくださった方、エッセーの掲載を喜んでくださった皆さん。つまり大切な人たちとのつながりです。いろんなご縁がひとつになり、奇跡の賞をいただきました。ありがとうございました。