浪速風

「兵どもが夢の跡」になったパネルベイ

もはや経済面の小さな記事にしかならなかった。パナソニックが令和3年をめどに液晶パネル生産から撤退を発表したことである。生産を担う兵庫県姫路市の工場は、建設方針が明らかになったときには小紙はじめ1面で報じたものだ

▶液晶は昭和48年、シャープが電卓の表示装置として世界で初めて実用化し、高画質ディスプレーに進化させた。以降、日本勢は技術力で世界を席巻した 

▶「ブラウン管を液晶テレビにすべて置き換える」。シャープの町田勝彦元社長のこの宣言は後に実現したが、勝者に日本勢はいなかった。行き過ぎた円高局面が価格競争の足を引っ張り、新興国勢に敗れ去ったのだ 

▶シャープはいま、台湾・鴻海精密工業傘下入りし、日立製作所や東芝、ソニーの液晶事業を統合したジャパンディスプレイも外資の支援を求める。大阪湾岸一帯はパネルベイと呼ばれて関西経済の牽引役として期待されたが、「兵どもが夢の跡」となってしまった。