「千の言葉よりも多くを語る」教皇が配布指示 写真「焼き場に立つ少年」に注目、長崎で調査続く

ローマ教皇フランシスコが、平和の大切さを訴えるために配布した「焼き場に立つ少年」の写真(バチカン提供・共同)
ローマ教皇フランシスコが、平和の大切さを訴えるために配布した「焼き場に立つ少年」の写真(バチカン提供・共同)

 ローマ教皇(法王)フランシスコ(82)が24日、長崎市の爆心地公園を訪れた。今回の訪問で、1枚の写真「焼き場に立つ少年」に注目が集まった。教皇はこの写真をカードに印刷し、「戦争がもたらすもの」との言葉を添えて世界に広めるよう呼び掛けた。原爆投下後の長崎で撮影したとされるが、少年が誰なのか、どこで撮影されたのかなど多くの謎が残る。

 亡くなった幼子を背負い、口を固く結んで火葬の順番を待っているはだしの少年。昭和20年の長崎原爆投下後、米軍の従軍カメラマンだった故ジョー・オダネル氏が撮影した。オダネル氏は帰国後、少年を捜そうと複数回来日したが見つからなかった。

 「ここなら写真のアングルと一致するかもしれない」。10月中旬、火葬場があったとされる長崎市矢上の隔離病院跡で、被爆者支援に携わる同市内の医師、本田孝也氏(63)らが撮影場所を捜していた。川岸の近くに浅い穴があったというオダネル氏の証言や、写真を検証した書籍などの情報を基に調べたが特定には至らず、本田氏は「今後も詳しく調べたい」と話す。

 長崎市の被爆者で元教員の森口貢氏(83)は約20年前、長崎を訪れたオダネル氏に写真を手渡され、「これは君か」と尋ねられた。否定すると、「捜してほしい」と頼まれた。示された写真は一般に出回っているものより少し引いた構図で、少年の後方に木々が写っていた。市内の学校関係者らに聞き回ったが、有力な情報を得ることはできなかった。

 教皇と長年文通を続ける長崎市のイエズス会修道士、アントニオ・ガルシア氏(90)は数年前、偶然目にした少年の写真を手紙に同封。それがきっかけになったか定かではないが、教皇は2017年末に写真を印刷したカードの配布を教会関係者に指示した。教皇は「このような写真は千の言葉よりも多くを語る。だから分かち合いたいと思った」と述べたという。今回の訪問にあわせ爆心地公園(長崎市)には写真のパネルが設置された。

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