「知床旅情」が小田急・千歳船橋の駅メロに 森繁久彌さんゆかりの町

加藤登紀子さんが登場したミニコンサート。森繁久彌さんの「知床旅情」を来場者と歌った=24日、世田谷区船橋(同区提供)
加藤登紀子さんが登場したミニコンサート。森繁久彌さんの「知床旅情」を来場者と歌った=24日、世田谷区船橋(同区提供)

 東京都世田谷区の名誉区民で、平成21年に亡くなった森繁久彌さんの代表曲「知床旅情」が24日、同区船橋の小田急線千歳船橋駅で、ホームに列車が接近する際に流れるメロディーとなり、駅前広場で式典が行われた。式典後には、やはり「知床旅情」を歌って、大ヒットさせた歌手の加藤登紀子さんによる友情ミニコンサートが行われた。

 世田谷区によると、千歳船橋駅周辺は、森繁さんが約60年暮らした町で、亡くなった翌年の22年には駅前商店街通りの区道の名称が「森繁通り」と定められるなど、森繁氏とゆかりが深い地域。「知床旅情」は地域にとって大切な曲となっている。

 地元の商店街振興組合や自治会などからなる団体は、今年が没後10年だったこともあり、森繁さんの記憶を後世に残し続け、町の活性化にもつなげようという思いから、小田急電鉄や区と協議してこの日を迎えた。

 「知床旅情」は森繁さんが自ら作詞作曲し、歌った曲だが、その後、加藤登紀子さんも歌って、さらに大ヒットした。この日の式典後には、加藤さんのミニコンサートが行われ、「知床旅情」を来場者全員で合唱した。

 同時に、曲に歌われた「知床」がある北海道東部の特産品などの「知床物産展」も開催。会場には海産物や野菜、乳加工品などが並び、多くの人でにぎわった。来訪者は「森繁さんの縁で、こうして知床の皆さんと交流ができることも、とても良いことですね」。森繁さんの記憶を通して、世田谷区民と北海道東部の人々が、交流を深めた。

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