朝晴れエッセー

花束を君に・11月21日

テレビから宇多田ヒカルの「花束を君に」が流れてくると、小さな痛みとともにあの夏を思い出す。

母を自宅介護するようになり、毎朝食事を運ぶのが私の日課だった。連続テレビ小説が好きだった母のためにテレビをつけると、流れてくるのが「花束を君に」だった。

思うように食事を食べてくれない母、工夫をこらしても食べるのはわずかな量だった。たくさん食べて元気になってもらいたい、そんな思いが空回りしイライラして、つい口の中に食事を押し込んでしまった。

「そんなこと、しなくてもいいじゃ」

大声を出し、ゆがめた顔が1本のトゲとなり今も胸に刺さっている。

母はだんだんと衰弱し、訪問看護を頼むようになった。食事を食べてもらうにはどうしたらいいか相談すると、いくつかの方法を教えてくれた。そしてまだ若いその看護師さんは「これは私の個人的な考えですが」と、前置きして静かに話し出した。

「人は死が近づくと、眠る時間が長くなったり食事の量が減ったりと、死ぬ準備を始めます。もしかしたらお母さまは準備を始めたのかもしれません」

すべての人に当てはまる言葉とは思えないが、その日から落ち着いた心で向かい合えるようになり1カ月後、母は88年の人生を全うした。

庭の花壇は主を失い、今や秋の虫たちのライブ会場と化している。いつか余裕ができたら手入れをして、種をまき花が咲いたら墓参りに行こう。

小さな花束にして。

杉山大寿(ひろひさ)(59) 静岡県小山町