朝晴れエッセー

父と柿の木・11月20日

自宅から十五分ほど離れたところに、母がひとりで住んでいる。広くもない庭に一本、柿の木がある。亡き父が二十三年前に植えたものだ。父は生前、「年寄りには手入れが大変」と言って、庭木の多くを整理したが、なぜかこの柿の木だけは残った。

父が病を得、何度目かの手術のとき、病室で突然私に、

「なあ、あの柿の木だけは切らないでくれよ」と言った。私が「どうしてですか」と聞くと、マスクの隙間からこんな話をした。

「疎開していたとき、近所に大きな柿の木があった…。母の同級生の家だから、少し分けてもらおうと母と一緒に行き、十個ほど取らせてもらった。帰り際に母が『これ少ないけど』と手土産を渡すと、母の同級生は手土産を見つめ、『こんなんじゃ足んねぇ』と言って、取った柿を三つほど返すように言ってきた。言われたとおりに返したが、帰り道、母は俺の手を強く握って、声を出さずに泣いていた。俺が『柿を食べたい』と言ったばかりに、母にくやしい思いをさせてしまったんだ」

疎開先で苦労したという話は聞いていたが、この話は初めて聞いた。そして父は「孫たちに、好きなだけ食べられる柿の木を残したいんだ」と小声で、少し照れながら語った。

父が亡くなり三年がたとうとしている。今年社会人一年生となった息子が、

「父さん、そろそろおじいちゃんの柿、食べに行こうよ」と言ってきた。

もうそんな季節か。お父さん、今年もあなたの柿、いただきます。

中野誠 57 千葉県船橋市