朝晴れエッセー

退職後の別れ・11月3日

勤務していた結婚式場の経営が傾き、勧奨制度で半ば強制的に、50歳以上の社員が退職した。私もその一人だ。

57歳からの職探しは難しかった。妻には「いい機会だからゆっくりすれば?」と言われたが、慰めにならず逆にプレッシャーが増した。

かわいがっていた50歳の後輩から、大手マンションの管理責任者の職を見つけた、と弾む声で連絡が入った。職探しに焦る私を気遣い、彼はまめに情報やアドバイスをくれた。

一念発起した私は、趣味を生かして植木屋に転職。スーツから作業服に、冷暖房の効いた部屋から屋外へ。息子ぐらいの年齢の若者と、毎日汗まみれで働いたが、少しも苦ではなかった。晴耕雨読の仕事は私に合っていた。

定期便のように届いていた、元の会社の状況や、一緒に辞めた仲間の動向なども、次第に聞こえなくなった頃、見慣れた名字で喪中のはがきが届いた。亡くなったのは私を気遣ってくれていたあの後輩だった。

人一倍健康に気をつけ、酒よりも風呂上がりの牛乳が好きだと言っていた彼がなぜ…。再就職後間もなく、前立腺がんが見つかり、彼が長期療養していたことを初めて知った。

涙が止まらない私に、彼の奥さんが言った。

「恋愛結婚して、家庭を築いて、二人の子供も育ち、主人と仲良く暮らせたことを感謝し、誇りに思っています」

後輩に届け。きみは幸せ者だ。

鳥谷部学而(とやべがくじ) 77 東京都練馬区