朝晴れエッセー

新しい風・11月1日

17年たった。長野の義父が倒れて家族に囲まれていて病室で苦しんでいた。噴火する浅間山が窓から見える。そしてぼくの母さんは新横浜近くの病院で医師から、あと3日と告げられた。

新横浜、東京駅から長野新幹線に乗り継ぐ。中軽井沢の病院へはタクシーで駆けつける。その日の夕方には母さんの処へ戻る。二人は半年を待たず相次いで同じ年に逝ってしまった。

ぼくもいろいろと癌(がん)の手術をして、内臓のほとんどは切り刻まれてる。首のリンパが腫れて瘤(こぶ)に膨らみ、急性進行性の咽頭癌(いんとうがん)で、ステージは4の4。「数カ月の余命です」と突然の宣告。いきなり、何だよと怒鳴りたいけど相手がいない。

仕様もない。もういいか。母さんのお寺から伊豆の穏やかな海が光って見えている。母さんの幼なじみの龍沢寺の宗忠老師に「和」と描いてもらい墓石に彫る。ぼくは自分の戒名を自分で作り、葬儀次第もメモした。

信頼するホームドクターは「手術のできる体力があるから、ぜひ手術をすすめます」と励ましてくれる。末期癌と告げられ、苦しい日々はもういいや。

最後のついでに国立がん研究センター中央病院で診察を受ける。4科の医師が「厳しい手術にも耐えられます」と言われる。

生きよう。10時間近い手術を終えて麻酔から朝に目を覚ますと、リハビリで5メートル歩きはじめた。外に場外市場が見える。隅田川に陽が煌めき、その先に浜離宮の緑が清々(すがすが)しい。明日には新しい風が吹く。声は失ったけど目は見える。音や楽しげな君や子供たちの声もきこえる。生きるか。生きる。

不死身の剛さんから、仏の剛さんに生まれかわったようだ。

藤間 剛 72 横浜市神奈川区