来年の四国遍路は「逆打ち」御利益3倍

来年の四国遍路は「逆打ち」御利益3倍
来年の四国遍路は「逆打ち」御利益3倍
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 八十八カ所の霊場をめぐる四国遍路は来年、4年に1度の閏(うるう)年の「逆打ち」の年に当たる。逆打ちは、通常は1番札所・霊山寺(徳島県鳴門市)から始まり88番札所・大窪寺(香川県さぬき市)で終える巡礼旅を88番から逆に回ること。御利益が3倍得られるといわれる。毎年、10万人以上が八十八カ所参りをしているとされ、日本の文化に関心を持つ外国人の注目度も高まっており、トライする人が多くなりそうだ。

弘法大師に会う旅。乗り物マニア必見の…

 51番札所・石手寺(松山市)には「逆打ち」のいわれが伝わっている。

 《約1200年前、伊予国浮穴郡荏原(えばら)の郷(現松山市)に、衛門三郎(えもんさぶろう)という長者がいた。「泊めてほしい」と1人の僧が訪れたが、「汚いものめ」と突き飛ばし、僧の持っていた托鉢(たくはつ)の鉢が落ちて8つに割れた。この僧は弘法大師空海だった。その後、三郎は8人いた息子を亡くす。三郎は「あの僧に会いたい」と出奔。四国を20周したが願いはかなわず、21回目に逆方向に回ろうと思いついた。逆打ちの始まりで、その年が4年に一度の閏(うるう)年だった》

 《三郎の死に際、弘法大師が現れ「よくぞ改心した。望みがあればかなえよう」と言うと、三郎は「生まれ変われるなら領主に生まれ、人を助けたい」と答える。弘法大師は石に「衛門三郎」と刻んで授けた。その後、伊予の豪族に男子が産まれたが左手を握って開かないため、地元の寺で祈願したところ、左手に「衛門三郎」と刻んだ石を握っていた。この奇跡に、寺は寺号を「石手寺」に改めたとされ、通常より難しい逆打ちはその分、得られる功徳は3倍といわれるようになった》

 この伝承のように、四国遍路は弘法大師に会いに行く修行の旅とされ、厳しいもの。88カ所の霊場を歩いて回る距離はかつて1400キロといわれ、今は道路整備に伴い約1200キロになったが、それでも1カ月半ほどかかる。

 また、苦難に直面しているであろう巡礼者を、たとえみすぼらしい身なりであっても拒むことなく迎え入れる「お接待」の文化が、根付いていった。