朝晴れエッセー

妻のドレッサー・10月27日付

妻の四十九日法要も終わり少し落ち着いた日曜日の朝、まだ片付けが終わりきらない雑然とした部屋の片隅に、妻が生前使っていたドレッサーにふと目が留まった。

私は処分しようと思っていたのだが、今年高校を卒業して東京へ行った娘が「欲しい」と言っていたのを思い出したのだ。

化粧品はすでに片づけられていたが、少しほこりをかぶり、手垢に汚れていたそのドレッサーをきれいにしようと思い立った。

雑巾を固く絞り、ほこりを拭き取り、鏡や硝(がら)子(す)は、ガラス用の洗剤スプレーできれいにした。セロテープを貼ったあとなど、洗剤では落としきれない汚れはベンジンで拭いてきれいにした。

妻はいつもここに座り、お出かけの化粧をしていたな、夜遅くまで好きな本を読んでいたな、そして医師から病気を告げられたときは静かに泣いていたな、そんなことを思い出しながら汚れを拭き取った。

そういえば妻の生前は、こうしてまじまじとドレッサーを見ることはなかったような気がする。何か妻の秘密をのぞくような感じがして近寄りがたかったのかもしれない。

どうして娘は使い古した妻のドレッサーが欲しいと言ったのだろうか。娘が結婚するときには新しいドレッサーを整えるのか、またはこのドレッサーをそのまま持っていくのか、そんなことを考えながらきれいにしていった。

まだ55歳で亡くなった。もっともっと生きたかったであろう妻のことをしみじみとしのびながら過ごした休日の午前だった。

大原啓(けい)資(すけ) 61 新潟県上越市