朝晴れエッセー

氷を溶かした小さな手・10月26日

17年前、春先から体調が悪く、なかなか改善しないまま数カ月が過ぎていた。気持ちもすっかり落ち込んで、やりたいことや楽しみなことがたくさんあったはずなのに、心が凍ったように動かない。

どうにかしなくては、と思いながら、鬱々とした日々を送っていた。そんなとき、市の広報紙に「絵本の読みきかせ講座」を見つけた。後ろ向きになる気持ちに懸命に蓋をして、本当に思いきって申し込みをした。

数回の講座を何とか休まずに受けることができた。最後の日、実習として近隣の保育所に行って4歳児を前に絵本を読んだ。私のつたない読みきかせに、たくさんの瞳が向けられ、お礼を言われるとうれしさと気恥ずかしさでいっぱいになった。

別室に戻っていく子供たちを見送っていると、列を離れて男の子がひとり、目の前にやってきた。そして私の手を小さな両手で包み「ありがとう」と言って戻っていった。すると、その後ろの子も、そのまた後ろの子も次々に皆、同じように。

驚いた。

涙が滲(にじ)み、目からあふれた。心の中を占めていた氷の塊がどんどん溶けて流れていくようだった。保育所からの帰り道、ハンカチで目を押さえながら、来たときとは違って見える景色に気がついた。

次の日からすっかり元気になったわけではない。でも、この出来事が体調と気持ちを回復するきっかけになってくれたのは間違いなかった。

今でもたまにあのときの情景を、懐かしさと不思議な気持ちで思い出す。

そして、やっぱり涙が滲む。

斎藤一美(62) 千葉市花見川区