話の肖像画

映画監督・是枝裕和(57)(8)つらかったAD時代

出社拒否していた期間は、無駄ではなかったですね。後にドキュメンタリーを撮るきっかけにもなる、長野の伊那小学校にも通って自主製作も始めました。でも、それには金を稼がないといけない。仕方なく頭を下げて、ADの仕事に戻りました。ドキュメンタリーを撮るために、四十数万円のビデオカメラを買って、ひと月1万円ずつの月賦払いにしました。会社に復帰したのが6月でしたから、出社しなかったのは3カ月ぐらいですかね。

当時は本当、パワハラ、セクハラは普通でしたね。弱いところが皆のはけ口になるみたいな、そういう陰険な集団性みたいなものがまだありました。それをされた側の人間が上に立ったとき、また同じことを下の人間に繰り返すという状況を目の当たりにすると、その連鎖の中には入るまいと思うじゃないですか。それを僕は今、実践しています。(聞き手 水沼啓子)

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