朝晴れエッセー

感謝・10月18日

もうすぐ21年になる…。永かった。1998年12月24日。私が56歳のとき下半身麻痺になった日だ。

22日、赴任先の京都で腰痛に襲われ、近所の医院に駆け込み、椎間板ヘルニアの診断と治療。23日は祝日。24日、国立京都病院に行き入院となった。

夕方、背中に注射を受けて激痛と同時に下半身麻痺。歩行も排泄も不可。年末ぎりぎりの28日の緊急手術。腰椎3つを金具で固定。だが、臀部と脚の感覚は戻らず、20年後の今も変わらない。

手術後は寝たきり。2カ月後の退院時は脊髄損傷と直腸膀胱障害となって車イス。諦めきれず4つの大病院で診てもらうも、神経癒着で再手術不可能の由。家族が府市の各法律相談、複数の弁護士事務所を回るも、成果なし。2001年にはストレス性脳梗塞発症右半身不随となり、正常は左手だけ。その後、鬱病を発症し精神病院へ。3回目の自殺未遂を起こした際、それまで涙ひとつ見せなかった妻が「そんなに自分だけ逝きたいのっ」と号泣、それを見て目が覚めた。

世界一不幸者の考えから脱却できた。すべてを犠牲にして尽くしてくれる妻のことを考える余裕が出た。いまは妻と家族に感謝ばかりだ。それからは死に物狂いでリハビリに取り組む。東京の我が家に帰り落ち着いた。

2011年、69歳のとき趣味の絵画を始めて外部の展覧会で8回入賞入選し、再度世間の一員になれた。今も激しい疼痛が起きるが、妻に心から「ありがとう」といえる。そこには国家財政事情を知りつつ、1日でも長生きしたい自分がいる。

菅間(すがま)正義 77 東京都江東区