書評

『死者の民主主義』畑中章宏著 世界の見え方が変わる

『死者の民主主義』畑中章宏著
『死者の民主主義』畑中章宏著

 世界的に長寿化が進んでいるが、依然として人間の致死率は100%である。わずか100年ほどで、私たちの社会の構成員はすべて入れかわる。日本社会を形作ってきた主たる構成員は死者である。今を偶然に生きる私たち生者より、死者の方がはるかに多い。そうであるなら、少数生者による独裁を廃し、圧倒的多数の死者の権利を念頭に新しい政治を目指すべきではないか。本書の主張の核となるのは、民俗学の創始者・柳田国男の思想から導かれた、死者を包含する真の草の根の民主主義の形成である。

 とはいえ、科学全盛の時代、私たちは極楽浄土や天国地獄の実在を信じるほど単純素朴ではいられない。死者などどこにもいないではないか。ましてや死者とのコミュニケーションなどオカルトではないのか。本書によれば、河童(かっぱ)や座敷童子として語り継がれてきた妖怪や、南方熊楠が神社合祀(ごうし)反対運動で守ろうとした神々こそが死者の集合霊である。

 東日本大震災の後、現地で多くの幽霊譚(たん)が記録された。津波で亡くなった子供が車のおもちゃを動かし、複数のタクシードライバーが幽霊を乗車させた。死者は現実に私たちに働きかける。死霊と私たち生霊が結びつくことで、被災地の真の復興が実現されると本書は主張する。

 死者に導かれ、本書の思考はロボットや人工知能の魂にまで及ぶ。2014年、ソニーは新型発売とともに旧式のイヌ型ロボットAIBOのサポート終了を発表した。だが、旧式の飼い主は自分のペットを簡単に手放せない。他の旧式AIBOを救うための献体が行われ、AIBOのためのお葬式が何度も行われる。AIBOに個性と魂が認められ、当然のごとく、その慰霊が行われているのである。評者自身、怠惰な自分に代わって勤勉に掃除するルンバを単なる自動掃除機とは思えない。無機物にも魂を見いだす民俗的想像力が深く根づいている。

 死者は遍在し、少し見方を変えれば、その声と働きかけに応えられる。私たちはすべて死者予備軍だ。だからこそ生者の特権と傲慢を廃さなければならない。本書を読んだ後、世界の見え方がまったく変わっているはずである。(トランスビュー・2100円+税)

 評・岡本亮輔(北海道大准教授)

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