平安文学の最高峰『源氏物語』の新たな写本が発見されて話題だが、もう少し早ければぜひ話を聞きたかった人がいた。先月末に急逝した染色の第一人者で染織史家の吉岡幸雄さん(享年73)。京都の「染め司よしおか」の5代目当主だった。
見つかったのが源氏54巻のうち、最も人気の高い名シーンがある第5巻「若紫」だったから、なおさらである。
「源氏物語は紫の物語といっていい」と教えてくれたのは吉岡さんだった。
作者の紫式部しかり、重要な登場人物もことごとく紫色なのだという。どういうことか。
紫は高貴な色
まず、主人公の貴公子、光源氏の両親は桐壺帝と桐壺更衣(こうい)で、キリの花は美しい紫色である。さらに光源氏のあこがれの女性で父の妻となった藤壺女御(にょうご)はフジで、薄紫の花が咲く。
そして「若紫」巻で光源氏が出会った少女は若紫といい、後に最愛の妻・紫の上となる。
「つまり、源氏物語で主人公に関わる重要人物は皆、紫色にゆかりがあるのです」
では、紫とはどんな色か。
中国・前漢の武帝が好んで、他の人が使ってはならない「禁色(きんじき)」にしたとか、聖徳太子が定めた「冠位十二階」(冠の色による位階制度)の最高位が紫である-など。色に歴史や意味、時にメッセージや権力も付随することを知ったのだった。
「へえ~、なるほど。おもしろいですね」と俄然(がぜん)、日本の色に興味を持った次第である。
吉岡さんは、日本古来の植物染めを探究し、徹底してこだわった。編集者をへて家業を継ぎ、文献や古文書、文学にも造詣が深かった。奈良・薬師寺の伎楽(ぎがく)衣装復元などを手がけたことでも知られ、平成22年には菊池寛賞も受賞している。