竹島を考える

核心突いた?丸山発言「遺憾砲で竹島は返るか」 

衆院本会議に臨む丸山穂高議員 =6月25日午後、国会(春名中撮影)
衆院本会議に臨む丸山穂高議員 =6月25日午後、国会(春名中撮影)

現在、日韓の「歴史戦」は膠着(こうちゃく)状態にある。日韓双方ともに何をどう戦ったらよいのか、戦術や戦略がないまま感情的な対立に終始しているからだ。その日韓関係を象徴しているのが、丸山穂高衆院議員の言動である。韓国の保守系議員が竹島に上陸したことと関連して、丸山氏は「戦争で取り返すしかないんじゃないですか」とツイートした。一方、韓国の議員の一人は「丸山氏には歴史認識不在と法的知識の無知を指摘した」「現在の日本政治の水準は住民自治会の水準よりも劣っている」などと評して、悦にいっている。

この丸山氏に対して、ある人が「丸山穂高議員みたいな人が竹島に行って住んだりすると、日本国として認められやすい」「口先だけでなく、竹島に自ら行ってほしいです。渡航費なら出します」とツイートすると、丸山氏は「とりあえず調査費で、今年度臨時でまず3億円ほど」と応じていた。

だが残念なことに、竹島は現在、韓国によって不法に占拠されている。その竹島に上陸するには、日本の旅券を提示して乗船することになっている。一般の国民が面白半分で竹島に上陸するのとは違って、日本の国会議員が旅券を示して竹島に上陸すれば、その時点で竹島を韓国領と認めたことになってしまう。

韓国の文学評論家は、この丸山氏に対して「無識であれば仕方がないが、無識になればなるほど自制ができない」と揶揄(やゆ)したが、丸山氏にも核心を突いた発言がある。それは「政府もまたまた遺憾砲で竹島も本当に交渉で返ってくるんですかね?」とした部分である。

竹島の領有権をめぐって日韓が争うのは1952年、公海上に「李承晩ライン」を設定し、その中に竹島を含めた時から始まる。問題はそれから70年近くの歳月が流れても、日本政府は解決の糸口すら見いだせずにいるからだ。近年になって、竹島問題が浮上したのは、2005年3月に島根県議会が「竹島の日」条例を制定したからで、日本政府が交渉したからではない。

竹島問題解決への“司令塔”がいない

だが周知のように、当時の自民党政権は「竹島の日」条例を封印しようとして島根県に圧力をかけ、続く民主党政権の小沢一郎氏や鳩山由紀夫首相らには、竹島を韓国領と認識していた痕跡がある。残念なことだが、日本には竹島問題で韓国と戦う態勢が整っていないのである。丸山氏が国会議員であるなら、まずその現実をこそ国民の前に明らかにすべきであった。

領土問題に関して、日本政府の主張を発信する「領土・主権対策企画調整室」を発足させたのは2013年だった。だがそこは日本政府の主張を発信するだけで、韓国側と戦う機能は備わっていない。それも近年、担当大臣の任期が終わる頃になると、島根県と隠岐諸島への訪問が慣例のようになっている。

竹島問題に対する「司令塔」がいないため、何をどうしたらよいのか分かっていないからであろう。これは国会議員の先生方も大同小異で、丸山氏の「調査費で3億円云々(うんぬん)」の発言も、出自がお役人ということもあってか、予算を組んで調査をすればそれが問題の解決につながるといった錯覚があるのではないか。

竹島問題に関して言えば、島根県ではすでに韓国側の主張を論破し、竹島が歴史的に韓国領であった事実がないことを実証している。今さら何を調査するのだろうか。問題は、韓国政府が竹島を不法占拠している事実があっても、それを外交の場で争うことのできる「政治」が、日本にはないことである。「遺憾砲」はその証しである。

問題を複雑にするパフォーマンス

領土問題を含めて、「歴史戦」は戦費を調達したからといって戦えるものではない。兵隊も必要なら、武器もいる。この場合、兵隊が韓国側の主張を論破できる人士だとすれば、武器は歴史的事実である。

さらに広報戦をするには、客観的な歴史事実を駆使して、応戦する態勢を整えておくことである。