【経済インサイド】
金融庁が、今年から金融機関との対話に「心理的安全性」という考え方を取り入れている。米グーグルが効果的なチームのあり方についてまとめた研究で、「圧倒的に重要」な要素として紹介したことで知られるようになった考え方だが、いまグーグル方式を取り入れる、金融庁のねらいとは…
金融庁によると、心理的安全性とは、「一人一人が不安を感じることなく、安心して発言・行動できる場の状況や雰囲気」のことだ。
「こんなことを言ったらバカにされそうだ」とか、「怒られそうだ」などと周囲を気にしなければならないような組織では、自由な発言は期待できない。良いアイデアを生みだすだけでなく、組織が抱える課題を早期に把握するためにも「この組織ならどんな発言をしても大丈夫」と思えることは非常に重要。実際、グーグルの社内でも心理的安全性の高いチームのメンバーは離職率が低く、多様なアイデアをうまく利用し、収益性が高いといった特徴があるという。
金融庁の遠藤俊英長官も数年前にグーグルを視察した際、この話を聞いて感銘を受け、昨年12月から金融庁でも導入。職員を5~10人のグループに分け、課長補佐級のグループリーダーがメンバーと、心理的安全性を確保した上で一対一で対話する「1on1(ワン・オン・ワン)ミーティング」という取り組みを始めた。
1カ月に1回、30分程度の対話だが、リーダーはメンバーの悩みが把握でき、メンバーは業務の優先順位を確認するなど、組織の活性化に繋がっているという。
そこでこの夏からは、金融庁が金融機関との対話でも心理的安全性を重視することを決めた。「監督する側」と「される側」という関係性では、いつまでたっても金融機関の本音を引き出すことができないと考えたからだ。
人口減少やデジタル化に加え、長引く低金利環境で金融業界は激変の時代を迎えている。心理的安全性を確保し、本音ベースで対話することで、金融庁としても金融機関が抱える経営の実情や課題をより深く理解し、課題解決に向けた建設的な議論ができるとの期待がある。特色ある良い取り組みがあった場合は、他の金融機関に横展開していくことも可能だ。
また、金融庁としては、こうした対話の重要性を金融機関にも気付いてもらいたいという思いがある。
変革が求められる時代には、金融機関も多様な意見が言い合える、風通しの良い組織に変えていく必要があるからだ。ある金融庁の幹部は、かんぽ生命の不適切販売で問題となっている過剰なノルマの問題を例に、「心理的安全性が確保されていない組織の典型だ」と指摘する。
お金を「貸す側」の金融機関と、「借りる側」の顧客企業の関係でも心理的安全性の確保は重要だ。金融機関が顧客企業の経営支援をしようとしても、企業が警戒して本音を言わなければ、適切な助言につなげることは難しいからだ。
平成25年に放送された人気ドラマ「半沢直樹」では、貸しはがしで中小企業を倒産に追い込む銀行や、上から目線で金融機関に立ち入り検査する役人の姿が描かれていた。
時代は変わり、「金融処分庁」から「育成庁」への転換を進める金融庁。金融機関とのつきあい方を変えることで、金融機関側にも気付きを与えることができるのか、金融庁の手腕が問われている。(経済本部 蕎麦谷里志)