評伝

金田正一氏、400勝投手の優しさとプライド 

 夜10時を回った頃、邸宅に続く坂の上から、大きな声が聞こえてきた。

 「おお坊主、こんな寒い中どうした。まあ上がれ」

 そう言って金田正一さんはいつも、記者を暖かいリビングに招き入れてくれた。

 当時は入社3年目。球団フロントに人脈のないまま、ストーブリーグの題材を求めて夜討ちをかけていた。余裕のない表情を見せる記者に、金田さんは必ず何らかのお土産を持たせてくれた。「気をつけて帰れよ」と優しく肩をたたきながら。

 平成2年からの2年間。2度目のロッテ監督時代に、サンケイスポーツで担当を務めた。通算400勝のレジェンドは雲の上の存在だったが、監督は担当記者をチームの一員と考え、真摯に相手をしてくれた。

 金田さんに恐怖を感じたことが一度だけある。3年のシーズン終盤、ご自宅で進退を確かめようとしたときだ。

 「何を聞いとるんだ。ワシが辞めさせられるようなことはありえない。あったとしたら天地ひっくり返るワ」

 自身の立場が脅かされることには人一倍敏感だった。球団側は解任で動いていたが、最終的には退任を申し入れ、勇退の形を取った。絶対に譲れないプライドだった。

 退任後10年以上経って、週1回の連載を担当することになった。70歳を過ぎてすっかり穏やかになった金田さんはしかし、ひとたび若い投手の話になると、すぐにスイッチが入った。

 当時楽天の田中将大(現米大リーグヤンキース)を評して「もっと投げ込まなきゃいかん」。思い余って本人にそのままの言葉を伝えに行く熱さがあった。

 投手は投げ込むことによって、長い間投げ続けられる理想的なフォームを見つけられる-。言葉には400勝投手としての「真理」が込められていた。まだまだお話をうかがわなくてはと思いながら、ご無沙汰してしまったことが悔やまれてならない。

 鹿児島キャンプで金田さん自慢のカーブを受けられたことを、一生の宝にしたい。

(山根俊明=平成2、3年ロッテ担当)

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