虎番疾風録

上田氏、西武入り断りの裏に… 其の参70

虎番疾風録 其の参69

他社の先輩たちと一緒に四六時中、中西監督を追っかけた。初めは迷惑そうな顔をしていた監督も「お前らも大変やのう」と感心する始末。

大阪で小津社長たちが善後策を協議していた10月13日、筆者たちは名古屋市内にある中西監督の後援者のお宅にお邪魔していた。応接間の壁には「怪童」と呼ばれた若き中西のパネル写真が掛けられ、バットやサインボールなどが飾られている。「ここで話をしよう」というのである。

「なんべんも言うようやが、今の私の気持ちは声援してくれたファンに申し訳ない。それだけですよ」

そこへ、不成績を理由にしての退団は認められない―という球団の意向が伝えられた。

「気持ちはありがたいと思う。だからといって私の気持ちが変わることはない。とにかく明日(14日)、直接会って自分の気持ちを分かっていただく」。辞任の意志は固い―。その場にいた記者たちはみなそう確信した。

ストーブリーグの火は他球団でも燃え上がっていた。西武が獲得に乗り出していた前阪急監督の上田利治(評論家)が13日午前11時、東京・原宿の国土計画本社に堤オーナーを訪ね、正式に西武入りを断ったのである。

上田には中日も獲得の名乗りを上げていた。「西武」か「中日」か―と周囲ではいろんな情報が飛び交った。

「西武の監督になれば阪急の教え子たちと戦うことになる。2年間のブランクでは生々し過ぎる」

「上田には巨人と戦いたい気持ちがある。相談役の鶴岡も中日入りを推した」

「近鉄の西本監督が〝君はパ・リーグの財産だ。セ・リーグに行ってくれるな〟と説得した」

そんな中での西武への断り。中日入りか―と編集局は一時、ざわめきたった。だが、デスクの西田二郎がすぐに「違う」と否定した。西田は関西大時代、上田とは同級生。しかも野球部の〝球友〟だった。

「上田には東京に西武入りを推す強力な後援者たちがいる。彼らを納得させたということは、中日入りもない。おそらく、阪急復帰…」

その直感は的中していた。西武への断りのあと、上田が都内で阪急の山口オーナー代行と会った―という情報が入ってきたのだ。(敬称略)

虎番疾風録 其の参71

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