「納得できない」「残念だ」。東京電力福島第1原発事故をめぐり、強制起訴された旧経営陣3被告全員に無罪を言い渡した19日の東京地裁判決。地元福島の犠牲者遺族や関係者からは落胆と諦めの声が相次いだ。
「誰も責任を取らないなんて納得いかねえよ」。判決を聞いた福島県川内村の建設業、渡部武さん(68)は、こう絞り出した。
平成23年3月12日に起きた事故では、原発から約4・5キロに位置する双葉病院(福島県大熊町)や隣接する系列の介護施設に入院していた多くの患者らが、長時間にわたる過酷な避難を強いられた。避難中に命を落とした渡部さんの養母、玉子さん=当時(88)=は今回の裁判で犠牲者とされる44人の一人だ。
自衛隊がバスで玉子さんや寝たきり状態の患者を救出に来たのは、避難指示が出てから2日過ぎた14日。県内を転々として同県いわき市の県立高校で2晩過ごし、受け入れ先を探して走るバスの中、衰弱による急性心筋梗塞で死亡した。
公判では、病院の元看護師が、高校に到着したバス内を確認したときのことを振り返り「汚物の異臭がすごく、座ったまま顔が蒼白(そうはく)で亡くなっている人もいた」などと証言した。
「川内に帰りたい」。いつも笑顔の玉子さんは、本心を伝えるときだけ寂しそうだったという。「暖かくなったら帰っか」と励まし、在宅介護の準備をしていた直後の事故。それだけに悔いは強く残る。
武さんは「なぜ事故を防げなかったか知りたい」と公判に期待したが、3被告が無罪を主張したことをニュースで知り、「言い逃れだ」と落胆。「有罪になったって、東電が謝りに来るわけではねえ」と、結局一度も傍聴はしなかった。
4月に町の一部で避難指示が解除された大熊町に帰還した無職、村井光さん(69)は「仮に有罪だったとしても町が元に戻るわけではない。個人で責任を取れる話ではないし、原子力政策を推進してきた国に責任がある」と訴えた。
判決には被災者らでつくる「福島原発告訴団」からも怒りの声が上がった。武藤類子団長は「原発事故の被害者は誰一人この判決に納得していない。指定弁護士が即時控訴することを望んでいる」と憤った。
弁護団の海渡(かいど)雄一弁護士は「闇に葬られていたかもしれない東電の内部の会議録などの重大証拠を社会に明らかにした」と公判の意義を強調、「正義のかなった判決を勝ち取るまで最後まで弁護団として頑張りたい」と述べた。