朝晴れエッセー

農家の食の習慣・9月17日

実家は農家だった。今は亡き父母は1年を通じ朝昼晩、4人の子供を育てるため旅行もせず一生懸命野菜作りをし、リヤカー(後に軽トラック)を引いて売っていた。天気が影響する農作業だが食事は決められた時間に食べる。時を知らせるのは柱のボンボン時計。毎時に時間の数、半の時は「ボーン」と1回打つ。6時半に朝食、12時に昼食、19時に夕食(午後7時は7回「ボーン」)と時計の音を聞き食べる習慣だった。しかし、その時間までに用意するのは大仕事で、特に夕食時は翌日の野菜の荷造り準備等で忙しい中、薪(まき)風呂を沸かしつつ献立を考えていた母だった。粗食の時代だが毎日献立を変えていたので作り始める時間が日々違う。末っ子の自分はそんな母が大好きで、小さい頃から手伝い段取りを覚えていった。中学・高校の時は時間があれば、母を少しでも休ませたく1人で準備したものだ。

あれから四十数年。実家を離れ社会人となり還暦を迎え今も台所に立つ。2人の子供が小さい頃は、土日に子供と一緒に夕食を作り19時には家族団欒(だんらん)を始めた。義父母と同居し6人家族となっても同じ。そして現在は妻と2人となってしまったが、19時には食べられる段取りで準備してしまう。これは農家での父母との食の習慣が、サラリーマンの自分に習性となっているものなのだろうと笑ってしまう。

今日も献立を考え、19時からの妻との団欒とビールを楽しみに包丁を握っている。

新井賢司(59) 千葉県船橋市